史料リスト・江戸時代−歴史書−

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史料名著編者成立年代/略説明刊行本史料所蔵機関
信長記小瀬甫庵1604年(慶長9)/太田牛一の「信長記」を受けて、問題点を指摘したが、受け入れられなかったため、自ら記したと言われる織田信長の伝記。独特の史観で潤色されている。『国民文庫』『日本歴史文庫』国立国会図書館、東京大学、國學院大學、天理図書館など
祖父物語柿屋喜左衛門1607年(慶長12)頃/織田信長、豊臣秀吉を始め、織豊政権下の武将らに関する見聞談。著者の祖父が見聞きしたものを筆録したもの。全1巻。柿屋は尾張清須朝日村の住人で、書名は別に「朝日物語」と呼ばれる『続群書類従』
甲陽軍艦高坂昌信、春日惣次郎、小幡景憲元和年間(1615〜24)以前/武田信玄・勝頼の歴史を合戦を中心に描いた書。江戸時代に大いに流行ったが、近代以降信憑性が疑われた。年代等の間違いがあるが、全てがおかしいわけではない。高坂昌信、春日惣次郎の筆という形だが、まとめたのは小幡景憲だと言われている。『武田流軍学全書』『甲斐叢書』『岩波文庫』『戦国史料叢書』『甲斐志料集成』山梨県立図書館など
三河物語大久保忠教1622年/全3巻。松平氏時代から天下統一、東照大権現となるまでの徳川家康の歴史と大久保家の歴史を記した書物で、大久保彦左衛門が子孫に書き残したもの。主君への忠誠を尽くす武士道を説いている。当時の口語体が見られる貴重な史料。『日本思想大系』
太閤記小瀬甫庵1625年(寛永2)/豊臣秀吉の伝記。「太閤記」ものの元祖。独自の史観で潤色しているため、史料的価値は低い。太田牛一の「太閤軍記」をうけて、「太閤記」としたという。全22巻。『改訂史籍集覧』『岩波文庫』『続国民文庫』宮内庁書陵部、東京大学、私立刈谷図書館など
豊鑑竹中重門1631年(寛永8)/豊臣秀吉の伝記。4巻。秀吉の出生に始まり、伏見築城(1594年)までを、鏡物にならって記したもの。題三巻は「聚楽行幸記」を引用している。秀吉の残りの事績に関しては、著者が病気のために著述を続けられなかったという。『群書類従』
勢州軍記神戸良政1638年(寛永15)頃/伊勢国の軍記物。伊勢国の諸家系譜によりはじまり、豊臣秀吉によって伊勢国が平定されるまでの合戦の歴史書。漢文体。比較的客観性な内容で、史実に近いものと思われる。本書の要約仮名文が「勢州兵乱記」『続群書類従』
本朝通鑑林羅山・林鵞峯/1640年(寛文10)/神武天皇以降の儒教史観的歴史書。中国の史書「資治通鑑」をモデルとしている。林鵞峯は、羅山の三男で林家二代目。林父子は、神代、古代の年代比定のおかしさや天孫降臨を外国との関連で研究した初期の例。『本朝通鑑』国書刊行会国立国会図書館、内閣文庫、東京大学史料編纂所、京都大学、慶応大学、尊経閣文庫、蓬左文庫など
寛永諸家系図伝太田資宗、林羅山・林鵞峯編1643年(寛永20)/系図。諸家の系図を元に、清和源氏、藤原氏、平氏、諸氏、医者、同朋、茶道に分けて集録。仮名本と真名本がそれぞれ186冊の計372巻。『寛永諸家系図伝』内閣文庫、日光東照宮
中山世鑑向象賢1650年/琉球王国初の本格的な歴史書。国王の命で編纂が行われた。1555年までの事象を記すが、所々に欠落がある。『琉球史料叢書』
永禄以来大事記1658年(万治元)/1558年から100年間の主な出来事を記した史書。
朝鮮征伐記堀杏庵1659年(万治2)/文禄の役から日明講和交渉までの朝鮮出兵の史書。その原因から各軍勢の攻略戦、明・朝連合軍の反撃戦、その後の交渉など、比較して客観的に記してある。
細川忠興軍功記牧亟大夫1664年(寛文4)/細川忠興の軍記物。1582年の織田家による中国攻めから、小倉への移封までを記した内容。合戦を中心とするも前後の事情などを付し、信憑性は比較的高いと見られる。『続群書類従』
東国通鑑徐居正ほか訳者は不明だが、徳川光圀が1667年に刊行。朝鮮3国時代から高麗までの歴史書。中国の史料を基に記されたもので、内容は不正確。
中朝事実山鹿素行著1669年(寛文9)/当時流行った自国卑下史観に対し自国を尊重する史観を基に記した仁徳天皇以前の皇統歴史書。別名「中朝実録」。2巻。『山鹿素行全集』『大日本思想全集』『新註皇学叢書』『国民道徳叢書』『国民思想叢書国体篇中』
玉露叢林羅山?1674年(延宝2)/1591年から1681年までの、幕府や諸大名、市井の諸事件をあたかも日記風に記した歴史書。大坂の陣、島原の乱などの戦乱も記されている。著者は林羅山、あるいは林鵞峯ともいわれるが定かではない。自序には見聞したものをまとめたことが記されている。『国史叢書』『江戸史料叢書』
本朝画史狩野永納1678年(延宝6)/京狩野派の画家狩野永納のまとめた編年体形式の画論・画人伝。全6巻。『日本画談大観』『日本画論大観』『日本書画苑』『大日本文庫画道集』静嘉堂文庫など
武家事紀山鹿素行1678年(延宝5)/主に武家の思想及び歴史、礼式をまとめた論評書。自筆原本は残存せず。全58巻『山鹿素行全集』国会図書館、内閣文庫、東京国立博物館、慶応大学、静嘉堂文庫、素行文庫など
東武実録松平忠冬1684年(貞享元)/徳川秀忠の事績録。家康の事績録「武徳大成記」を受け継ぐ形で、家康の死去した1616年からはじまり1632年の秀忠死去までを記している。全40巻。『内閣文庫所蔵史籍叢刊』内閣文庫
武徳大成記阿部正武監1686年(貞享3)/徳川前期の事績を記した歴史書。阿部正武は老中で、5代将軍綱吉の命令で事業を担当した。阿部の下に3人の編修官と5人の助修が置かれ、編纂事業を行った。国立国会図書館、内閣文庫、宮内庁書陵部、東京国立博物館、蓬左文庫、京都大学、広島大学など
異称日本伝松下見林1688年(元禄元年)か/外国の書籍に記された日本の記事を抜き出してまとめた書。松下見林(秀明)は医者で、裕福だったために膨大な書籍を長崎で購入し、閲覧もしていたと言われている『改訂史籍集覧』『新註皇学叢書』国立国会図書館、内閣文庫、宮内庁書陵部、静嘉堂文庫、東洋文庫など
保建大記栗山潜鋒1689年(元禄2)/保元から建久にかけての後白河法皇時代の歴史書。法皇を中心に置いて戦乱の同時代の出来事を論評している。『日本学叢書』『大日本文庫』『勤王文庫』『水戸学全集』『水戸学大系』宮内庁書陵部、京都大学、早稲田大学、宮城県立図書館など
日本逸史鴨祐之編1692年(元禄5)/散逸した「日本後紀」の記事を補うため、史料を元に桓武・平城・嵯峨・淳和の代の歴史を記した歴史書。40巻。「日本後紀」の写本が見つかる前のもので、若干問題点もある。鴨(梨木)祐之は、下賀茂神社の神官。『新訂増補国史大系』宮内庁書陵部、天理図書館
中山世譜蔡鐸、蔡温など1701年−初編−/中山世鑑に続いて編集された琉球王国の歴史書。中国関係をまとめた正巻が14巻、日本関係をまとめた付巻が7巻ある。漢文体。『琉球史料叢書』
明智軍記未詳1702年(元禄15)刊/明智光秀一代の軍記。史料的価値はあまり高くないが、本能寺の変の原因を信長による光秀の国替えとするなどの説を挙げている。『明智軍記』
藩翰譜新井白石編1702年(元禄15)/白石が、徳川綱豊(甲府中納言−後の6代将軍家宣)の命で編纂した諸藩の系譜。1600年(慶長5)から1680年(延宝8)に至る。系図を含めて全18巻。後、白石自身と近衛基煕が改訂している。藩翰とは、垣根と柱という意味。幕府を守るものと言うことだろう。後世に続編12巻がある。『新編藩翰譜』『校刻藩翰譜』『新井白石全集』国立国会図書館、内閣文庫、宮内庁書陵部、静嘉堂文庫、東洋文庫
織田軍記遠山信春1702年(元禄15)/小瀬甫庵の「信長記」をうけて、これを補訂するという形で「増補信長記」を記したのが最初。その後「総見記」と改め、さらに信長の諸孫にあたる貞置に校閲を依頼し完成したのが本書。甫庵信長記をもとにしているため、史実に潤色がされている。『改訂史籍集覧』
読史余論新井白石1712年(正徳2)/新井白石の歴史観である「九変五変観」(公家政権が9回変じて武家に、武家政権が5回変じて徳川の代になる)を基に徳川幕府の正当性を論じた書『新井白石全集』『日本古典全集』『有朋堂文庫』『岩波文庫』『新釈日本文学叢書』内閣文庫、宮内庁書陵部、静嘉堂文庫、東洋文庫、京都大学、國學院大學など
古史通新井白石1716年(享保元)/神話は史実であるという論で、「古事記」「日本書紀」などを調べ、注釈や考証を行った歴史書。そのため論述の対象は神代に限られている。『新井白石全集』
陰徳太平記香川正矩、香川景継1717年(享保2)/主に毛利氏を中心とした西日本の合戦史。足利義稙が大内氏を頼って下向したところより始まり、豊臣秀吉の死までを記す。全81巻。『陰徳太平記』『通俗日本全史』『正徳二年板本陰徳太平記』
大日本史長期記録を参照して下さい。
読史余論新井白石1723年(享保8)/藤原良房が摂政になった時点から、徳川家康の天下統一までの歴代政権を論じた歴史書。全3巻。白石は将軍家宣へ講義するための草稿として著し、それを土肥新川、新井宜卿らが写して、完成。『岩波文庫』『日本思想大系』35
政談荻生徂徠1727年(享保12)頃/将軍徳川吉宗に対し政治体制の問題点を指摘した政治論。内容は、武士を都市から農村へ移し、戸籍法を定め、身分制度をよりはっきりさせて、経済制度をそれぞれの身分に応じたものとするなどして貨幣依存体制をなくすというもの。また身分制度には武士の身分をはっきりさせるための独自の官位・職制も含まれている。『岩波文庫』『日本思想大系』36
古事記箚記荷田春満1729年(享保14)/初の古事記全文注釈書
東遷基業佐久間高常1732年(享保17)/徳川家康の事績
常山紀談湯浅常山1739年(元文4)/歴史伝。天文年間以降の戦国時代、安土・桃山時代を経て、江戸初期に至るまでの、武将らの言行録を収めている。常山は岡山藩の奉行を歴任し、家老格にまでなった人物。本書は広く普及した。『岩波文庫』『角川文庫』
武徳編年集成木村高敦1741年(寛保元)/徳川家康一代編年記。広範囲な史料から、出来る限り偽説を省いてまとめたという。全93巻。『名著出版』国立国会図書館、内閣文庫、宮内庁書陵部、東京国立博物館、学習院大学、東京大学、京都大学など
球陽鄭秉哲ほか編1745年(延享2−第14巻)/琉球処分(1876年)に至るまでの琉球王国の歴史書。正史「中山世鑑」を改訂した「中山世譜」をさらに改訂した書で、全22巻。14巻までが鄭秉哲の編集で、その後も書き継がれた。初名は「球陽会説」。鄭秉哲(ていへいてつ)は、久米36姓の出で、正議大夫、伊佐川地頭、古波蔵地頭などを歴任した政治家。『那覇市史』沖縄県立中央図書館
日本書紀通証谷川士清1748年(寛延元)/初の日本書紀全体の注釈書で、歴代天皇の代は中国の史料も参考にしている。『国民精神文化文献』『日本書紀通証』
宗国史藤堂高文1751年(宝暦元)/伊勢の津藩の藩政記録。内容は、藩主、家臣、制度、藩の政治・経済、地誌などで、各種史料を基にまとめられたもの。編集は伊賀上野城代家老藤堂高文で、校訂は藤堂高芬。『宗国史』(上野町教育会、上野市古文献刊行会)
近世江都馬場丈耕1757年(宝暦7)/江戸の有名な事件や人物を解説した書
長崎志田辺茂啓1764年(明和元年)/長崎の歴史書。正編は本文12巻に年表4巻、茂啓の死後も受け継がれてまとめられた続編は、本文10巻に年表3巻。慶長以降の長崎の行政と貿易に関して記す。
月のゆくへ荒木田麗1771年(明和8)/高倉天皇から安徳天皇にかけての、平家の盛衰記。女流作家の作品で、史実とは異なる。
池の藻屑荒木田麗1771年(明和8)/後醍醐天皇(1333)から後陽成天皇(1603)までの歴史書。増鏡の後を継ぐ形になっている。女流作家の手によるもので、必ずしも正確とは言えない。
直毘霊本居宣長1771年(明和8)/「古事記伝」の首巻に載せられた古事記研究方法論。古道・神道・儒学などについて論じてあり、日本古来のあり方を評価することで中国文化を低く見る傾向から、漢学者らの反発を招いた。『岩波文庫』『本居宣長全集』
衝口発藤井貞幹1781年(天明元)/日本古代史論。中国・朝鮮の文化が日本にもたらされたことを主眼に、神武天皇を呉の太伯とし、その勢力が東へ移動し朝鮮を経て日本に至ったとする内容。「日本書紀」の年代比定を600年繰り下げることも主張している。本書は国学者の反発を招いた。
皇居年表裏松固禅1784年(天明4)/京都御所の歴史823年分を記した年表。裏松固禅は、本名光世、烏丸家出身。竹内式部事件で連座し、30年間蟄居していた人物で、その間に朝廷の歴史を調べ多数の著書を残している。正続全10巻。『存採叢書』宮内庁書陵部など
花咲く松塙保己一1788年(天明8)/大日本史の長慶天皇即位説に対する反論の書
馭戎概言本居宣長1796年(寛政8)/崇神天皇から豊臣秀吉までの外交史を論評した書物。日本を中心とした国家主義的な思想から、遣唐使や足利義満の遣明船などを批判し、強攻策を採った北条時宗や豊臣秀吉を評価している。題名は「ぎょじゅうがいげん」。
古事記伝本居宣長1798年(寛政10)/古事記の注釈書。総論、序文注釈、神統譜、本文注釈からなる。この中で国学的立場での史料批判を行っている。「直毘霊」は総論にある論文。『本居宣長全集』
続史愚抄柳原紀光1798年(寛政10)/「日本三代実録」の後を継ぐ物として、実際には「百錬抄」に続く物として、亀山天皇(1259)から後桃園天皇(1779)までの歴史書。記事の依拠史料をこまめに挙げている。柳原家がかつて文章博士だったことから、計画された『新訂増補国史大系』内閣文庫、宮内庁書陵部、静嘉堂文庫、神宮文庫、西尾市立図書館など
集古十種松平定信1800年(寛政12)/古宝物、考古史料の図録。古物を古画、扁額、文房、法帖、碑銘、鐘銘、銅器、兵器、楽器、印章の10種類に区分して、説明と模写図を付けている。『集古十種』
山陵志蒲生君平1801年(享和元)/天皇陵墓について調査した書。全2巻で、1巻は総論と10カ国54陵墓を、2巻では京都の38陵墓を挙げている。時代によって陵墓の形が変化していることを指摘している。君平は九志(神祇、山陵、姓族、職官、服章、礼儀、民、刑、兵)をまとめる事業を目指した。本書はその一つ。『新註皇学叢書』『増補校訂蒲生君平全集』『大日本文庫』『勤皇文庫』『日本庶民生活史料集成』『史料天皇陵』国立国会図書館、宮内庁書陵部、東京大学史料編纂所など
島津国史山本正誼編1802年(享和2)/薩摩島津家の歴史書。島津斉宣の命を受けた儒家山本正誼が担当した。島津家に保管されており、定期的に進読されたという。刊行されたのは明治38年。全32巻で歴代当主ごとの巻立てになっている。『新刊島津国史』東京国立博物館、東京大学、東京都政史料館など
古事記燈富士谷御杖1807年(文化4)/古事記伝に対する批判書
南山巡狩録大草公弼/1809年(文化6)か/南朝正統論に立った歴史書。南山とは南朝の本拠吉野山のこと。『改訂史籍集覧』国立国会図書館、内閣文庫、宮内庁書陵部、静嘉堂文庫、鹿児島大学など
古史成文平田篤胤1811年(文化8)/日本史書。本居宣長が「古事記」にこだわったのに対し、「古事記」「日本書紀」「出雲国風土記」「古語拾遺」「祝詞式」「新撰姓氏録」などを基にしている。3巻。<18年刊。/TD>『新修平田篤胤全集』
古史伝平田篤胤1812年(文化9)頃−初稿−/自著「古史成文」の注釈書としてまとめたもので、本居宣長の「古事記伝」にならったもの。初稿は出来ていたが生前中には完成しなかった。『新修平田篤胤全集』
会津家世実紀会津藩編集方1815年(文化12)/初代藩主保科正之から7代藩主松平容衆までの会津藩史。藩の政治から庶民の歴史までをまとめた総合的な歴史書。全278巻。別名「会津藩家世実紀」『会津藩家世実紀』
先哲叢談原念斎1816年(文化13)/江戸の儒者伝記集。念斎の祖父で儒者の原双桂に至る72人を集録している。8巻。本書を受け継いで「先哲叢談後篇」「先哲叢談続篇」「近世先哲叢談」「続近世先哲叢談」が編纂された。『大日本文庫』『有朋堂文庫』
古京遺文狩谷望之1818年(文政元)/金石文の研究書。30点の金石文に関して発見の経緯、釈文、銘文の考証を行っている。考証的で本格的な研究書。『古京遺文』『日本古典全集』
古史徴平田篤胤1819年(文政2)/自著「古史成文」の史料撰定の理由を論じたもので、本居宣長の「古事記」偏重傾向に疑問を抱いたことによって複数の史料から撰したことを論証している。『新修平田篤胤全集』
螢蠅抄塙保己一1825年(文政8)/外寇に関する史料
国史略岩垣東園1826年(文政9)/編年体の歴史書。教科書的な物として使われた。十八史略にならって評論、人物伝、挿話などに分類して比較的簡略な内容にした。広く教科書として使われたようである。5巻。『増補点註国史略』国立国会図書館、宮内庁書陵部、東京大学史料編纂所
日本外史頼山陽1827年(文政10)/「史記」世家にならって記された源平以降徳川幕府に至る歴史英雄論。頼山陽が20数年かかって記したもので、一般に拡がったのはさらに20年も後のことである。尊王論に基づいており、幕末の尊皇攘夷運動に影響を与える。内容には「軍記物」も参考で使われており、史料的には必ずしも正確ではない。全22巻。『増補日本外史』『頼山陽全集』国立国会図書館、東京大学、京都大学、大阪府立図書館、金沢市立図書館など
史籍年表伴信友1828年(文政11−序文による)/各時代の出来事について記すのではなく、その時代についての史料に何があるかを記した独特の年表。神代から光孝天皇までは、各天皇の代ごとにその時代の記事のある史料名を挙げ、それ以降は、元和2年まで毎年をその年の記事のある史料を挙げている。伴信友が自身の研究のためにまとめたものと考えられている。『書目類編104』東京大学、都立日比谷図書館
皇朝史略青山延于1831年(天保2)−続編−/「大日本史」を簡略化した漢文体の史書。正編12巻、続編5巻。正編は神武天皇から後小松天皇までを、続編は称光天皇から関ヶ原までを記す。青山は「大日本史」作成に関わった学者で、より判りやすい物を、という目的でまとめられた。『水戸市史』
朝野旧聞褒藁林述斎ほか撰1841年(天保12)/徳川(松平)氏の祖から家康までの歴代事績を編年体に記し、それについての史料を原文で載せた史料集。編纂着手は1819年。題名「ちょうやきゅうぶんほうこう」(「褒」は別字です)『朝野旧聞褒藁』
徳川実紀林述斎・成島司直ほか1843年(天保14)−正本−/歴史書。本編447冊、付録68冊、成書例・総目録・引用書目1冊の計516冊。正本を献上後、副本が49年に完成。歴代将軍の巻には、廟号が表題となっている。総称は「御実紀」で、「徳川実紀」というのは、明治以後の呼び方。徳川家斉以降の分は、成書にいたらず史料のみまとめられ、後に「続徳川実紀」と名付けられた。『新訂増補国史大系』
日本政記頼山陽、関藤藤陰ら/1845年(弘化2)−刊行−/神武天皇から後陽成天皇に至る編年体の歴史書で、頼山陽自身が主な人物の論評を加えてある。漢文体全16巻。執筆は頼山陽が中心で、山陽死去の1832年に稿本がほぼ出来上がり、その後門人らが完成させた。1861年には頼氏正本も刊行されている。『日本思想大系』49
大勢三転考伊達千広1848年(嘉永元)/古代から江戸開幕までの歴史を、「骨(かばね)の世」「職(つかさ)の世」「名(みょう)の世」に区分して史料を基に論じた歴史書。『日本思想大系』48、『日本の思想』6
武江年表斎藤幸成編1848年(嘉永元年−正編)/江戸とその周辺の歴史を編年体で記した歴史書。1590年(天正18)の江戸入府から1848年(嘉永元)までを正編、翌49年から73年(明治6)までの記事を続編とする。続編は明治11年の斎藤の死まで編纂が続いた。地誌、庶民の風俗、火災、寺社に関すること等江戸の事情を詳しく記している。『東洋文庫』『江戸叢書』『我自刊我書』京都大学、東北大学、慶応大学、尊経閣文庫など
続日本紀考証村尾元融1849年(嘉永2)/
赤穂義人纂書鍋田晶山嘉永年間頃/赤穂47士事件に関する史料や文献、絵図を集めた史料集。18巻で、伝記、論評、書簡などを収める。1910年〜11年に国書刊行会より刊行。『赤穂義人纂書』
中外経緯伝伴信友/日本と周辺諸国(中国、朝鮮、蝦夷、琉球)との交流史を国学の立場で記した書物。古代の朝鮮との関係、仏教・儒教の伝播に関して、義経北方伝説、為朝渡琉伝説、日琉史、朝鮮出兵、琉球征服などの項目で全6部構成。『伴信友全集』『改訂史籍集覧』
当代記松平忠明か編年記史書。天文年間から永禄年間までの略史と元亀年間から元和年間までの歴史を記す。「史料雑纂」2
長等の山風伴信友壬申の乱を考察した歴史論。本編2巻と付録4巻。本編上巻では天智天皇と大友皇子の事績と壬申の乱について。下巻は大友皇子の自殺の地と園城寺の創建に関して。題名の「長等」は大友皇子の自殺した地と推定した地名。『日本思想体系』50、『伴信友全集』4
野史飯田忠彦1852年(嘉永5)/後小松天皇から仁孝天皇までの歴史書。大日本史が明徳3年の南北朝統一で留まっていたため、その後を継ぐ形で記したという。人物伝が多い。全291巻。自筆原本は失われているという。『野史』(東京国文社、日本随筆大成刊行会)国立国会図書館、内閣文庫、京都大学、鹿児島大学、龍谷大学など
後鑑成島筑山他編1860(万延元年)/のちかがみ。足利尊氏挙兵から足利義昭死去までの室町幕府とそれに関わる歴史書。成島筑山は幕末の幕府奥儒者。成島柳北の父でもある。筑山は完成直前になくなったと言われる。『新訂増補国史大系』国立国会図書館、内閣文庫、東京大学史料編纂所、東京国立博物館など
国史紀事本末青山延光1861年(文久元)/大日本史所載の歴史事象を分類編集した書
日本書紀伝鈴木重胤1862年(文久2)−第30巻−/日本書紀の通釈書で、神代の部分まで終わった1863年に鈴木は暗殺されたため、ここで終わった。完成部分はかなり詳細な注釈書。『鈴木重胤全集』
寛政重修諸家譜/江戸時代の諸家の系譜、略歴。量は多いが、記録は必ずしも正確ではない。将軍家と御三家・御三卿などは載っていない。寛政10年(1798)を一区切りとして、その後何度か書き加えられている。『新訂寛政重修諸家譜』国立国会図書館、内閣文庫、東京国立博物館、静嘉堂文庫、岡山大学など

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