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天変地異年表 古代( 〜A.D.1191)

 西暦   年号 22000年前頃         現鹿児島湾北部で噴火。姶良カルデラが形成。         噴火が続いた後、現桜島の北側で大爆発を起こし、薩摩・大隅両半島と霧島山周辺の広範囲に火砕流をもたらす。         灰は1000km離れた場所にも降下。(日本被害地震総覧) 6千数百年前頃         近畿地方で地震により地割れ、液状化あり。(阿久尻遺跡)(郡家遺跡) 6400年前頃         鬼界カルデラ噴火に伴い、地震発生か。(原口園遺跡)(奥木場遺跡) 5500年前頃         舞鶴付近で地震。液状化。(志高遺跡) 5000年前頃         火山噴火と地震か。(中島ノ下遺跡)(第一東海自動車道遺跡群) 3000年前頃         琵琶湖周辺で大地震。湖岸の一部が水没か。(北仰西海道遺跡)(津田江湖底遺跡) 3000年前頃         箱根神山が爆発崩壊し、堆積物により芦ノ湖が生成される。(日本火山総覧) 2千数百年前頃         近畿地方で地震か。(石田遺跡) B.C.100年頃         近畿地方で大地震。         (北白川廃寺遺跡)(湯ノ部遺跡)(正言寺遺跡)(針江浜遺跡)(津田江湖底遺跡)(原川遺跡) B.C.100年頃         東海地方で地震か。(原川遺跡)    0年頃         近畿から西日本にかけて地震か。(下内膳遺跡)  100年代頃         西日本で地震か。(黒谷川宮ノ前遺跡)(黒谷川郡頭遺跡)  100年代頃         東海地方で地震か。(鶴松遺跡)  200年代末         南海大地震か。(志紀遺跡)(黒谷川宮ノ前遺跡)(下田遺跡)  ???(懿徳 ?)年     この年、開聞岳噴火するという。(日本地震史料)(日本火山総覧)  ???(垂仁15)年     この年、星降ると、後の記録にある。(吾妻鏡52※)  416?(允恭 5)年   7月    近畿地方中部で地震(ナヰフル)がある。(日本書紀13)  500頃(清寧 3頃)年   3〜4月  富士山噴火し、黒煙が天に昇る。熱灰が雨のように降る。三農は営を絶ち、五穀は実らず。         天皇、使を立てて神宝を献じ捧ぐという。(走湯山縁起 2)  553(欽明14)年     この年、阿蘇山噴火?(日本火山総覧)  568(欽明28)年     この年、郡国大水飢。(日本書紀19)  599(推古 7)年     この年、大和で地震があり、地震の神を祭る。(日本書紀22)  601(推古 9)年   5月    天皇、耳梨行宮へ居を遷す。大雨で河水あふれ、宮庭を浸す。(日本書紀22)  628(推古36)年   3月 2日 日蝕あり。(日本書紀22)     この年、地震により道後温泉がふさがり、3年後にまた出る。(伊予温古録)  634(舒明 6)年   8月    長星南方に現れる。時の人これを彗星という。(日本書紀23)  635(舒明 7)年   1月    彗星東に見える。(日本書紀23)  639(舒明11)年   1月    長星西北に現れる。時旻師曰く彗星也。(日本書紀23)  664(天智 3)年   3月    京北に星隕あり。(日本書紀27)  676(天武 4)年  11月    地震あり。(日本書紀29)  678(天武 6)年   6月14日 地震あり。(日本書紀29)  679(天武 7)年  10月    筑紫で大地震。幅2丈、長3000余丈の亀裂生じ、家屋多数倒壊。(日本書紀29)  680(天武 8)年   6月 1日 桃子ほどの氷零(霰)が降る。(日本書紀29)  10月11日 地震。14日にも地震。(日本書紀29)  11月 1日 日蝕あり。(日本書紀29)  681(天武 9)年   6月    灰降る。(日本書紀29)   9月    地震あり。(日本書紀29)  682(天武10)年   3月    地震あり。(日本書紀29)   6月    地震あり。(日本書紀29)   9月    彗星現れる。(日本書紀29)  11月    地震あり。(日本書紀29)  683(天武11)年   1月    地震あり。(日本書紀29)   3月    地震あり。(日本書紀29)   7月    地震あり。(日本書紀29)   8月12日 地震あり。17日にも地震。(日本書紀29)  684(天武13)年   7月    西北に彗星現れる。長さ丈余。(日本書紀29)  10月    未だかつてないという大地震。山崩れで洪水。諸国の郡官舎、百姓の倉屋、寺塔、神社の多く破壊される。         津波で土佐の田苑50余万が海没。伊予の温泉が没し出ず。人と六蓄に死傷多数。(日本書紀29)  11月    戊辰に七星、東北に流れる。庚午日没時、東方に星隕。天文悉乱し星隕雨の如し。(日本書紀29)  685(天武14)年   3月    信濃に降灰。草木が皆枯れる。(日本書紀29)  686(朱鳥 1)年   1月    地震あり。(日本書紀29)   3月 1日 信濃に降灰。(日本書紀29)  12月 1日 西で地震あり。(日本書紀29)  600年代後半?         東海地方などで地震か。(坂尻遺跡)(川合遺跡)(田所遺跡)  701(大宝 1)年   3月26日 丹波(当時は丹波と丹後は同じ)で地震。3日間続く。         若狭湾凡海郷島が沈没し、頂上二つの小島のみになる。現在の冠島・履島。5月12日とも言う。(続日本紀 2)  703(大宝 3)年   7月    近江で噴火。使を遣わして雨を名山大川に祈る。(続日本紀 3)  715(霊亀 1)年   5月    三河・遠江で大地震。正倉47棟が倒壊。         麁玉河(天竜川)が土砂でふさがり、氾濫。民家170余戸が水没。(続日本紀 6)   7月    地震あり。天皇甕原離宮に行幸す。(続日本紀 6)  716(霊亀 2)年   1月    地震あり。(続日本紀 8)  718(養老 2)年  11月    彗星、月を守る。(続日本紀 8)  719(養老 3)年   3月    地震あり。(続日本紀 8)  720(養老 4)年   2月    地震あり。(続日本紀 8)  721(養老 5)年   1月    地震あり。(続日本紀 8)   2月    地震あり。(続日本紀 8)  12月    地震あり。(続日本紀 8)  724(神亀 1)年         行基、山崎橋を作り法会が行われる。俄に洪水となり、橋は流失し死者多数。(古事談 3)  727(神亀 4)年  10月    上総で山崩れがあり、70人が圧死。賑恤を加える。(続日本紀10)  734(天平 6年)   4月    大地震。百姓の舎倒壊多数。山崩れで川がせき止められ決壊多数。         使を諸国に派遣し、破壊された神社を調査する。(続日本紀11)  738(天平10)年   9月    地震あり。  741(天平13)年   6月    洛中に飯が降ると水鏡にいう。翌年の記録と誤認か。(吾妻鏡52※)(康富記※)  742(天平14)年   1月    陸奥黒川郡以北11郡に赤雪降る。平地で2寸。(続日本紀14)   3月    地震あり。(続日本紀14)   6月    京中往々に飯が降る。(続日本紀14)  10月23日 大隅で大地震あり。28日まで余震続く。(続日本紀14)  11月    陸奥に丹雪が降る。(吾妻鏡52※)  12月16日 地震あり。(続日本紀14)     この年、霧島御鉢で噴火。(日本火山総覧)  744(天平16)年   5月    肥後で地震。(続日本紀15)  745(天平17)年   4月27日 美濃で大地震。三日揺れが続く。櫓館、正倉、仏寺、堂塔、百姓の廬舎崩壊する。(続日本紀16)   5月 2日 地震あり。都の諸寺に17日間経を転読させる。また8日にも地震。         大安、薬師、元興、興福の4寺で大集経を37日転読。         10日にも地震あり、平城宮で大般若経を転読。地震で各地に亀裂が生じ、水が湧き出る。(続日本紀16)  750(天平勝宝 2)年   5月24日 中山の寺振動、塔と歩廊が焼失する。(続日本紀18)  753(天平勝宝 5)年  12月    摂津に津波至り被害大。田租の免除を行う。(続日本紀19)  762(天平宝字 6)年   5月 9日 美濃、飛騨、信濃で地震。家ごとに二斛を支給する。(続日本紀24)  764(天平宝字 8)年   9月    反乱者恵美押勝の臥屋の上に星が落ちる。(続日本紀25)  12月    これより以前に大隅薩摩の境で奔電があり、信爾村の海に沙石が降って3つの島となる。         民家62区が埋没し80余人が死亡。(類聚国史11)(続日本紀25)  766(天平神護 2)年   6月 5日 これより前大隅神造新島で地震。民多く流亡する。桜島噴火。(続日本紀27)  771(宝亀 2)年   5月23日 豊後速見郡敵見で山崩れ。川を堰止め、十余日後に決壊。百姓47人が漂没し家43区が埋没。         調庸の免除と賑救の詔が出される。(続日本紀32)  11月    西南に星隕。その音、雷の如し。(続日本紀31)  772(宝亀 3)年   6月    京師に隕石。大きさ柚子の如し。数日で止まる?(続日本紀32)  12月    彗星南方に現れる。僧100人斎を楊梅宮に設ける。星隕雨の如し。(続日本紀32)  773(宝亀 4)年   2月    地動く。(日本書紀22)   5月    南北に各一つずつ星隕あり。(続日本紀32)  776(宝亀 7)年   7月19日 西大寺の塔揺れる。(続日本紀34)   9月20日?毎夜瓦石や塊が内竪曹司や京中の家屋上に墜ちる。(続日本紀34)(吾妻鏡52※)  777(宝亀 8)年   2月 晦日 日蝕あり。(続日本紀34)   7月14日 但馬国分寺の塔揺れる。(続日本紀34)  781(天応 1)年   3月    地震あり。(続日本紀36)   5月    地震あり。(続日本紀36)   6月    地震あり。(続日本紀36)   7月 6日 駿河より富士山噴火で降灰があり、木葉彫萎するという。(続日本紀36)  11月    地震あり。(続日本紀36)  782(延暦 1)年   1月    地震あり。(続日本紀37)   2月    地震あり。(続日本紀37)   6月    地震あり。(続日本紀37)  788(延暦 7)年   3月 4日 大隅曾乃峯で夜10時頃噴火。2時間ほどで収まり、石や灰が麓56里に降る。(続日本紀39)  789(延暦 8)年   1月 1日 日蝕あり。(続日本紀40)  797(延暦16)年   8月14日 京畿に地震暴風あり。(日本逸史 6)  799(延暦18)年   8月11日 常陸国鹿島・那加・久慈・多珂の4郡に津波が15回押し寄せる。         海面は20余町引いた後、津波が内陸1町まで達するという。(日本被害地震総覧)  500〜1000頃         長野盆地で活断層地震か。(松原遺跡)(篠ノ井遺跡)  800(延暦19)年   3月14日 富士山噴火。煙で暗瞑するという。夜、火光が天を照らし、雷の如き音がするという。         灰が雨のように降り、河水皆紅色になると言う。4月18日まで続く。(日本紀略)   6月 1日 日蝕あり。  802(延暦21)年   1月 1日 駿河・相模より、富士山噴火で砂礫が降ってくるので占いを求むと言上あり、卜すると、疫になるという。         勅して両国に鎮謝を加える。(日本略記)   5月    相模足柄路、富士の焼石によって塞がれたので、これを廃し、筥荷路(箱根路)を開く。(日本紀略)  805(延暦24)年   1月    未刻、大星隕。(日本後紀12)  806(大同 1)年   8月    この月、霖雨やまず、諸国で洪水。(日本後記14)  807(大同 2)年   5月25日 地震あり。(日本逸史15)  810(弘仁 1)年   6月26日 夜地震あり。(日本逸史18)  811(弘仁 2)年  12月16日 地震あり。(日本逸史19)  812(弘仁 3)年   6月    薩摩で蝗害。5日には、逋負稲5000束を免除する。 (日本後紀21)  815(弘仁 6)年   5月14日 薩摩で蝗害。調庸田租免除。  816(弘仁 7)年   1月    沙、雨のように降る。(日本紀略)   7月17日 摂津で海が溢れる。死者220人。(日本逸史25)(日本後紀26)  12月13日 地震あり。18日と20日にも地震。(日本逸史25)(日本後紀26)(日本紀略)  818(弘仁 9)年   7月    関東で大地震。死者多数。(日本逸史26)   8月19日 諸国で地震の被害を調査し、救恤を行う。(日本逸史26)  819(弘仁10)年  12月 3日 薩摩での蝗害により、田租免除となる。  827(天長 4)年   7月12日 大地震。舎屋多くが倒壊。1日に大震1回、小動78回。月末まで余震続く。(日本逸史35)  12月14日 地震あり。清行の僧百人に大極殿で大般若経を三日間転読させる。(日本逸史35)  829(天長 6)年   3月    地震あり。(日本逸史37)  830(天長 7)年   1月28日 出羽で地震あり。駅伝によれば、秋田城郭官舎、四天王寺六仏像、四王堂舎など倒壊。         死者15人、負傷者100余人。30許丈の裂け目が出来る。城辺の秋田川が涸れるという。(日本逸史38)   4月25日 出羽地震の救急勅令がでる。(日本逸史38)   7月    天皇、神泉苑で相撲を見ているとき、申刻雷雨。酉刻に至り内裏西北角曹司に落雷。         左右近衛騎乗し、内裏に入りて、神火を滅す。賜録あり。(類聚国史73)  832(天長 9)年   8月    河内・摂津で大雨と大風により堤防が決壊し洪水となる。(日本紀略)   9月    洪水の被害を受けた百姓に賑給を行う。(日本紀略)  837(承和 4)年   3月    彗星東南に現れる。その光芒東の天涯に至る。(続日本後紀 6)  838(承和 5)年   7月    粉の如きものが天より降る。雨にあっても溶けず。(続日本紀 7)   9月    7月以降この月まで、灰が天より降る。         河内、三河、遠江、駿河、伊豆、甲斐、武蔵、上総、美濃、飛騨、信濃、越前、加賀、越中、播磨、紀伊の16国。         しかし損害無し。逆に畿内七道豊作となり五穀の値が下がる。老農、これを米花と呼ぶ。(続日本紀 7)  10月22日 彗星東南に見える。その気赤白。長さ数尺。暫く見えなくなった後東方に現れる。         11月17日に至るまで毎夜寅刻東方に見える。長さ7尺。(続日本後紀 7)  839(承和 6)年   1月    彗星兌方に見える。長さおよそ1丈。(続日本後紀 8)   2月    東西両寺彗星が頻見するので、般若心経を講読。(続日本後紀 8)  841(承和 8)年   2月13日 信濃で地震。一夜に14回揺れ、公私の墻屋(墻は垣根)倒壊。(続日本後紀10)   7月 1日 伊豆で地震。里落完からず。圧死者あり。使を遣わし歴撫。         家屋を失った者は、当年の租調を免じ、倉を開いて賑救。家屋を修復する。         亡くなった者は、埋葬に処する。(続日本後紀10)  11月    彗星西方に見える。  12月    勅命により僧100人に八省院にて三日間大般若心経を読ます。         内記に命じて○願文を作らせ、五畿七道諸国にこれを読ませ、終わるまで殺生を禁じる。(続日本後紀10)  845(承和12)年   5月 9日 山城より虻虫の害はなはだし。(続日本後紀15)  850(嘉祥 3)年  10月16日 出羽で大地震。山谷形を変え、圧死者多数。(文徳天皇実録 2)  852(仁寿 2)年   2月    夕刻西に彗星現る。長さ5丈。(文徳天皇実録 4)  853(仁寿 3)年   3月    地震あり。(文徳天皇実録 5)   4月    地震あり。(文徳天皇実録 5)   7月    地震あり。(文徳天皇実録 5)  10月    地震あり。(文徳天皇実録 5)     この年、地震相次ぐため、名僧に読経を読ませ、神官に伊勢神宮で奉幣祈願を行わせる。(文徳天皇実録 5)  855(斉衡 2)年   2月    東北に長星あり。(文徳天皇実録 7)   5月    地震あり。(文徳天皇実録 7)   9月    地震あり。(文徳天皇実録 7)  856(斉衡 3)年   2〜4月  地震頻発。(文徳天皇実録 8)   6〜7月  地震頻発。(文徳天皇実録 8)   9〜12月 地震頻発。(文徳天皇実録 8)  857(天安 1)年   3月 3日 地震により、大館地方松峰山伝寿院の堂舎が倒壊。山崩れにより仏像が谷底に埋まる。(日本被害地震総覧)  858(天安 2)年   9月22日 地震あり。(三代実録 1)  11月 9日 地震あり。(三代実録 1)  12月13日 地震あり。(三代実録 1)  859(貞観 1)年   7月27日 地震あり。(三代実録 3)   8月 8日 地震のため、五畿七道諸国の年貢御鷹一切を停止する。(三代実録 3)   9月14日 地震あり。(三代実録 3)  10月29日 大きめの地震あり。(三代実録 3)  11月12日 地震あり。(三代実録 3)  860(貞観 2)年   4月22日 地震あり。(三代実録 4)   5月 5日 雷電雨雹地震あり。天皇、端午の節を止める。18日にも地震あり。(三代実録 4)   6月17日 地震。22日にも地震あり。(三代実録 4)   7月14日 地震。17日、24日にも地震あり。(三代実録 4)   9月 7日 地震あり。(三代実録 4)  10月 7日 地震あり。(三代実録 4) 閏10月23日 地震あり。(三代実録 4)  12月 4日 地震あり。(三代実録 4)  861(貞観 3)年   1月 9日 地震あり。(三代実録 5)   4月 7日 地震あり。(三代実録 5)   5月13日 地震あり。19日と20日にも地震。(三代実録 5)   6月23日 地震あり。(三代実録 5)   8月17日 地震あり。(三代実録 5)  862(貞観 4)年   1月11日 地震。25日にも地震あり。(三代実録 6)   2月27日 地震。25日にも地震あり。(三代実録 6)   3月11日 地震。28日にも地震あり。(三代実録 6)   5月16日 地震あり。(三代実録 6)   6月16日 地震あり。(三代実録 6)   7月21日 地震。27日にも地震あり。(三代実録 6)   9月15日 地震。21日、24日、29日にも地震あり。(三代実録 6)  10月 9日 地震。28日にも地震あり。(三代実録 6)  12月16日 地震。27日にも地震あり。(三代実録 6)  863(貞観 5)年   2月 4日 地震あり。(三代実録 7)   4月14日 地震あり。(三代実録 7)   6月17日 越中、越後で地震。陸谷所を易え、水泉湧出、民の廬舎崩壊し、圧死者多数。以後毎日余震。(三代実録 7)  閏6月 9日 地震あり。(三代実録 7)   8月 8日 地震あり。(三代実録 7)   9月 8日 地震あり。(三代実録 7)  11月13日 地震あり。(三代実録 7)  864(貞観 6)年   3月14日 彗星東に見ゆ。営室宿にあって長さ4尺ほど。(三代実録 8)   5月25日 富士山噴火。方12里の山を焼き、火炎高20丈に達する。         地震3回。噴火は十余日を経ても収まらず。烟雲鬱蒸して人近づけず。(三代実録 8)   7月17日 富士山の溶岩流出し、本栖水海に流れ込み30里が埋まり、高さ23丈広さ23里に至る。水は熱湯になり魚死滅す。         周囲の百姓の居宅も埋まり、そのまま甲斐の国境に達する。また河口海にも溶岩が向かう。         溶岩台地は青木ヶ原となり、溶岩がせの海に流れ込んで精進湖と西湖に分かれる。         (三代実録 8、9)(日本火山総覧)   9月 4日 地震あり。26日にも地震あり。(三代実録 9)  10月 9日 地震あり。(三代実録 9)  12月    地震あり。(三代実録 9)  865(貞観 7)年   1月14日 地震あり。29日にも地震あり。(三代実録10、11)   3月22日 地震あり。(三代実録10、11)   4月12日 地震あり。(三代実録10、11)   9月24日 地震あり。(三代実録10、11)  11月 1日 地震あり。14日にも地震あり。(三代実録10、11)  12月 2日 地震あり。(三代実録10、11)  866(貞観 8)年   1月25日 地震あり。(三代実録12、13)  閏3月 5日 地震あり。(三代実録12、13)   6月 7日 地震あり。16日にも地震あり。(三代実録12、13)   8月15日 地震あり。(三代実録12、13)  10月19日 地震あり。(三代実録12、13)  11月 7日 地震あり。(三代実録12、13)  12月10日 地震あり。(三代実録12、13)  867(貞観 9)年   1月20日 豊後鶴見山頂の青泥池、黒池、赤池が震動し硫黄臭が遍満する。さらに噴火し、沙泥が数里四方に積もる。         泉が沸騰し、川となって山脚の道路を塞ぎ、川に至って魚数千万が死ぬ。震動三日続く。(三代実録14)   1月23日 彗星、紫微宮に見ゆ。内階を貫き長さ5尺。(三代実録14)   1月27日 地震あり。2月1日にも地震あり。(三代実録14)   5月11日 夜、阿蘇山で奇光が見られ、翌日朝震動して長さ250丈、広さ50丈が崩壊する。(三代実録 14)   5月13日 地震あり。(三代実録14)   7月25日 地震あり。(三代実録14)   8月14日 地震あり。25日にも地震あり。(三代実録14)   9月 6日 地震あり。(三代実録14)  10月15日 地震あり。(三代実録14)  868(貞観10)年   4月13日 地震。28日にも地震あり。(三代実録15)   5月19日 地震あり。(三代実録15)   7月 8日 播磨で地震。諸郡官舎・諸寺堂塔悉く倒壊。この月、度々地震。(三代実録15)   8月10日 地震。この月度々地震。(三代実録15)   9月 7日 地震。(三代実録15)  11月27日 地震。(三代実録15)  12月 1日 10日、16日にも地震。(三代実録15)  869(貞観11)年   5月26日 陸奥で大地震。流光が昼の如く目撃された後、大きく揺れる。多賀城崩壊し圧死者あり。         また地面の裂け目に埋没する者もあり。城下に大津波が押し寄せ1000余人が死亡。(三代実録16)   9月 7日 紀春枝を検陸奥国地震使に任命し、判官と主典をそれぞれ一名ずつ随伴させて派遣する。  10月13日 詔を発し、死者を埋葬させ、被害の大きい者は租調を免じ、あまねく賑救を行う。  870(貞観12)年   7月29日 山城綴喜郡山本郷で山が裂け、小山が出来る。(三代実録18)     この年、肥後で地震、風水害。舎宅悉く倒壊。(日本紀略)  871(貞観13)年   4月 8日 鳥海山(大物忌神社所在地)噴火。同山よりの河に青黒い泥水溢れ、臭気充満する。死魚河を塞ぐ。         泥流大きいもの2つ、小さいもの多数、海に達する。泥水により草木生えず。(三代実録20)(日本火山総覧)   7月10日 地震あり。25日にも地震あり。(三代実録20)   8月 7日 地震あり。17日にも地震あり。(三代実録20)   9月    桜・李・梨・桃などの花が季節外れに咲き、諸神に祈る。(三代実録20)  872(貞観14)年   9月30日 地震あり。建礼門院前で大祓を行う。(三代実録22)  873(貞観15)年   4月14日 地震あり。(三代実録22)   7月 1日 日蝕あり、光無し。(三代実録24)  874(貞観16)年   3月 4日 薩摩開聞岳、夜雷霆が響き一晩中震動。噴火して降灰し禾皆枯れ、河水濾濁し魚死滅。         死魚を食べる者、或いは死に或いは病気になる。大宰府7月にこれを報告す。(三代実録26)  閏4月    小地震頻発。(三代実録25)   8月 1日 伊勢より、蝗害あり。(三代実録26)   8月24日 大風雨により紫宸殿前桜、東宮紅梅、侍従局大梨などが倒れ、官舎なども倒壊する。         京市中で洪水、朱雀大路豊財坊門が倒壊する。家屋多数流失。(三代実録11)  875(貞観17)年   2月12日 地震あり。17日、29日にも地震あり。(三代実録27)   3月 9日 地震あり。14日にも地震あり。(三代実録27)   4月28日 卯刻、白彗東北に現る。赤色をし芒角をなす。(三代実録27)   5月 2日 彗星、長さ丈余。始めて五車に出ず。稍、八穀星を履き、その気耗減といえども未だ芒滅せず。(三代実録27)  876(貞観18)年   5月14日 翌日にかけて小地震、21日にも小規模の地震。(三代実録28)   6月18日 地震あり。(三代実録28)  877(元慶 1)年   4月 1日 日蝕あり。(三代実録31)  10月17日 大地震。(三代実録33)  878(元慶 2)年   9月29日 夜、相模、武蔵で大地震。揺れは京に達する。5、6日揺れが収まらず。         公私の舎屋全滅。地面陥没。百姓の圧死多数。(三代実録34)  879(元慶 3)年   3月 7日 翌日にかけて地震。(三代実録35)   3月22日 地震。29日にも地震。(三代実録35)   4月 2日 地震。7日にも地震あり。(三代実録35)  880(元慶 4)年   2月14日 地震。28日にも地震。(三代実録37、38)   4月 2日 地震。5日、10日にも地震。(三代実録37、38)  10月 1日 地震。2、3日にも地震。  10月14日 出雲で大地震。神社、仏寺、官舎、百姓居濾の多くが倒壊。負傷者多数。余震相次ぐ。(三代実録37、38)  12月 4日 地震。(三代実録38)  12月 6日 夜、山城、京などで大地震。翌昼までに16回発生。大極殿の西北隅が崩壊。建造物の破損多し。         7日、陰陽寮は兵賊飢疫の兆しと判断し、天文奏を行う。         以降この月毎日のように大震小震が続く。(三代実録37、38)  881(元慶 5)年   1月 6日 昨年末からの地震に続いて、この日以降、11、12、14、16日にも地震。(三代実録39、40)   9月19日 地震。20、21日にも地震あり。(三代実録39、40)  12月 6日 地震。8日にも地震あり。(三代実録39、40)  884(元慶 8)年   4月14日 地震あり。16日にも地震あり。(三代実録46)   6月29日 地震あり。(三代実録46)   8月 4日 戌より子に至り、小星四方に流散し、雨の如く墜ちる。(三代実録46)  11月 6日 地震あり。(三代実録46)  885(仁和 1)年   7月11日 6月より肥前に雨が降らず、国司諸神に奉幣。(三代実録48)   7月12日 薩摩にて、夜、晦冥にして衆星見えず、砂石が雨のように降る。開聞岳の噴火と見られる。(三代実録48)   7月13日 肥前で夜陰に粉土屑砂が降り、苗や草木が枯れる。その後雨が降りて枯苗再生する。(三代実録48)   8月11日 開聞岳噴火する。砂地が降り、昼間に夜の如し。田野が埋没し、人民が騒ぎだす。         神祇官卜して云うには、来春に薩摩国で疫病あると。         陰陽寮は占い、府辺東南の神、隣国に遷ろうとしている。よって蚕穀損耗あり。         それを受けて府司に下知して彼の両国をして部内の衆神に奉幣し以て冥助を祈らせる。  886(仁和 2)年   3月21日 地震あり。(三代実録49)   4月13日 地震あり。(三代実録49)   5月10日 7日よりの大雨で洪水。(日本紀略)   5月24日 上総、下総、安房で大地震あり。安房方面に黒雲あり、その中で電光ひらめき、地震を起こる。一晩中続く。         砂石粉土地上に積もる。草木悉く枯れ、馬牛の粉草を食して死する者はなはだ多し。         新島の噴火か。(三代実録49)(日本火山総覧)   6月15日 地震あり。(三代実録49)  887(仁和 3)年   7月 2日 大地震。6日、30日にも大地震。余震8月に至る。         天皇、仁寿殿から紫宸殿の南底に移り、大蔵省に命じて7丈の幄二を建て、御在所とする。         諸司倉屋、東西京師の廬舎多く倒壊し圧死者多数。失神して頓死する者もあり。亥刻また3回震動。         七道諸国同日大いに震動し、官舎多く倒壊。津波により溺死者多数。摂津国の被害は特にはなはだし。   8月    余震頻発し、5日には大地震あり。36種類の妖言が囁かれる。         紫宸殿と大極殿で大般若経を三日行う。(三代実録50)  888(仁和 4)年  11月 9日 地震あり。(日本紀略前20)  889(寛平 1)年   2月10日 地震あり。(日本紀略前20)   3月 1日 地震あり。(日本紀略前20)   7月 2日 地震あり。(日本紀略前20)   8月20日 地震あり。(日本紀略前20)  890(寛平 2)年   6月 7日 京で地震。(日本紀略前20)  12月 4日 京で地震。(日本紀略前20)  892(寛平 4)年   2月19日 地震あり。(日本紀略前20)  11月10日 地震あり。(日本紀略前20)  894(寛平 6)年   3月24日 地震あり。(日本紀略前20)  11月 3日 地震あり。(日本紀略前20)  896(寛平 8)年   1月13日 地震あり。(日本紀略前20)   2月 4日 地震あり。(日本紀略前20)  897(寛平 9)年   7月22日 地震あり。(日本紀略後 1)  898(昌泰 1)年   7月27日 地震あり。(日本紀略後 1)  899(昌泰 2)年   9月 7日 地震あり。(日本紀略後 1)  901(延喜 1)年   1月 1日 日蝕有りと言うことで、天皇南殿へ御せず。(日本記略後 1)  902(延喜 2)年   7月24日 地震あり。(扶桑略記23)  904(延喜 4)年  11月12日 地震あり。(扶桑略記23)  905(延喜 5)年   4月15日 月蝕、乾方に彗星見ゆ。16、18、19日にも見ゆ。         24日諸社臨時奉幣。乾方の彗星長さ30余丈。光芒巽方へ指す。         25日にも見える。長さ天を終わる。29日まで毎夜見える。         5月3日になって見えなくなる。(扶桑略記23)(日本紀略 1)   6月15日 彗星により大赦令の詔出る。(日本紀略 1)  906(延喜 6)年   3月 1日 地震あり。(扶桑略記23)  907(延喜 7)年   2月25日 彗星、太白星を食す。長さ3丈ばかり。(扶桑略記23)  909(延喜 9)年   2月 7日 地震あり。(大日本史32)  911(延喜11)年   1月13日 地震あり。(扶桑略記23)  912(延喜12)年   1月11日 地震あり。(大日本史32)   3月21日 地震あり。(大日本史32)   6月 3日 戌亥角に彗星現る。9日に至る。12日酉方に再度現る。(日本紀略 1)(扶桑略記23)  915(延喜15)年         鳥海山噴火し降灰。農桑枯損す。或いは十和田湖で噴火か?         (扶桑略記)(震災予防調査会報告86)(日本火山総覧)  916(延喜16)年   6月29日 雷鳴地震あり。(日本紀略後編 1)  921(延喜21)年   6月 1日 日蝕。但し大雨。廃務す。(日本紀略 1)  922(延喜22)年         紀伊で津波。(日本被害地震総覧)  924(延長 2)年  12月17日 地震あり。(扶桑略記24)  926(延長 4)年   1月 1日 地震あり。(扶桑略記24)   4月19日 地震あり。(扶桑略記24)  928(延長 6)年   3月 8日 地震あり。(日本紀略後 1)(扶桑略記24)   4月17日 地震あり。(日本紀略後 1)(扶桑略記24)   6月 1日 地震あり。(日本紀略後 1)(扶桑略記24)  930(延長 8)年   4月15日 地震あり。(西宮記)   6月26日 諸卿殿上し各議の時、午三刻に黒雲が現れ清涼殿坤一柱上に落雷。神火を発する。         大納言兼民部卿藤原清貫、衣焼し胸裂し死亡。右兵衛佐美努忠包も、髪焼し死亡。         行右中弁兼内蔵頭平希世も、顔焼し死亡。紀蔭連は腹燔悶乱、安曇宗仁は膝焼し臥す。         (日本紀略 1)(扶桑略記24)(九条殿遺誡)  931(承平 1)年   1月12日 地震あり。(貞信公記)   3月 2日 地震あり。(日本紀略後 2)  閏5月 3日 地震あり。(扶桑略記25)  932(承平 2)年   1月25日 地震あり。(扶桑略記25)   3月21日 地震あり。(扶桑略記25)   4月 1日 地震あり。(扶桑略記25)   6月26日 地震あり。(扶桑略記25)  934(承平 4)年   5月27日 大地震。(日本紀略後 2)(本朝年代記 2)  935(承平 5)年   1月28日 地震あり。(扶桑略記25)   2月19日 地震あり。(扶桑略記25)   3月24日 地震あり。(扶桑略記25)   4月 7日 地震あり。15日にも地震あり。(扶桑略記25)  937(承平 7)年   1月 2日 日蝕で廃務。1日が日蝕で2日に宴会を行うとも云う。(日本紀略 2)   4月15日 地震あり。(和漢合運指掌図 4)   4月17日 地震あり。(本朝年代記 2)  11月    富士山噴火。(日本紀略後 2)  938(天慶 1)年   4月15日 亥刻に大地震。東西の京舎屋、諸寺諸山の堂舎仏像多く倒壊。死者4人。洪水あり。余震やまず。         (日本紀略後 2)(康富記12)(和漢合運 4)   4月15日 大地震。天皇は底上に幄舎を建てて御座を遷す。鴨川洪水。(改元勘文部類)   4月18日 無事息災祈願の誦経を行い、建礼門前で大祓を行う。賀茂祭を停止する。(改元勘文部類)   5月22日 改元し天慶とする。(改元勘文部類)   5月28日 三日間最勝王経を転読し、また賑救を定める。(貞信公記)(本朝世紀 2)   6月16日 諸社に使をたてて、地震のことを祈る。22日五畿七道の54社に奉幣。   8月 3日 地震。6日、28日にもあり。(日本紀略後 2)(本朝世紀 2)   9月 2日 地震。11日、15日にも地震あり。(日本紀略後 2)(本朝世紀 2)  10月 9日 天皇、宇佐八幡宮に奉幣して地震の災について祈願。 (日本紀略後 2)  10月21日 地震。24日にも地震あり。(日本紀略後 2)(本朝世紀 2)  11月12日 地震あり。(日本紀略後 2)(本朝世紀 2)  939(天慶 2)年   4月 2日 大地震。主上、庭に幄舎を建てて避難。5日にも地震。(本朝世紀 3)(和漢合符)   5月10日 地震あり。(本朝世紀 3)(和漢合符)   6月23日 地震あり。(本朝世紀 3)(和漢合符)   7月 1日 日蝕で廃務。しかし日蝕は見えず。あるいは食さずと云う。(日本紀略 2)   8月28日 地震あり。(本朝世紀 3)(和漢合符)  10月15日 地震あり。18日にも地震。(本朝世紀 3)(和漢合符)  941(天慶 4)年  10月11日 地震あり。(本朝世紀 4)  942(天慶 5)年   3月 7日 地震あり。16、7日にも地震。(外記日記)   3月19日 大中臣頼基を祭主として地震鎮めの祈願を行う。(外記日記)  閏3月18日 地震あり。(外記日記)  943(天慶 6)年   5月 1日 地震あり。(日本紀略後 2)  944(天慶 7)年   4月23日 地震あり。(日本紀略後 2)  945(天慶 8)年     この年、霧島山噴火。(震災予防調査会報告86)  946(天慶 9)年   2月 8日 京で地震。(日本紀略後 3)   4月 6日 京で地震。(日本紀略後 3)  947(天暦 1)年   2月 3日 京で地震。(日本紀略後 3)   4月 6日 京で地震。(日本紀略後 3)  949(天暦 3)年   2月 9日 京で地震。(日本紀略後 3)  958(天徳 2)年   9月13日 天変地震等により五社に奉幣する。 (日本紀略後 4)   9月17日 さらに七社に奉幣する。(日本紀略後 4)  959(天徳 3)年  10月 3日 京で地震。 (日本紀略後 4)  961(応和 1)年   2月27日 酉刻、坤方に彗星。野火の気に似る。(扶桑略記26)  965(康保 2)年   9月21日 京で大地震。(日本紀略後 4)  10月 1日 京で地震。 (日本紀略後 4)  11月25日 賑恤の詔を発し、当年の半?を免ず。(日本紀略後 4)  966(康保 3)年  閏8月19日 洪水により検使を派遣。(日本紀略 4)   9月 3日 権大納言師尹、勅定により両京水害の巡検使を出す。(日本紀略 4)   9月 9日 京、畿内の人民に賑給を行う。被害の大きいものには、当年の調庸を停止する。(日本紀略 4)  967(康保 4)年  12月30日 地震あり。(蜻蛉日記)  968(安和 1)年   4月 7日 地震あり。鳥獣が鳴いて騒ぐ。(日本紀略後 5)   8月 4日 地震あり。(日本紀略後 5)  971(天禄 2)年   4月 6日 地震あり。(日本紀略後 7)   7月 6日 地震あり。(日本紀略後 7)  972(天禄 3)年  閏2月14日 大地震。 (日本紀略後 7)   9月    余震未だ止まらず。(本朝年代記 2)  973(天延 1)年   3月 7日 雹降る。大和では水精玉砕の物が降る。(日本紀略 6)   3月24日 京で地震。(日本紀略後 7)   9月27日 京で地震。(日本紀略後 7)  974(天延 2)年   1月19日 地震あり。(日本紀略後 7)  975(天延 3)年   6月22日 暁、彗星艮方に現る。その形団扇の如し。長さ5、6尺。(日本紀略 6)   7月 1日 日蝕あり。天は黒色の如し。群鳥飛乱し、衆星が見える。(日本紀略 6)  976(貞元 1)年   4月11日 大きめの地震あり。(本朝地震記)   6月18日 京で大地震。人家の倒壊による圧死者多数。山城、近江の国で特にはなはだし。         翌日より月末まで余震81回。天皇幄舎を建て御在所とする。崇徳寺堂谷に転落し、僧千聖転落死する。         清水寺で圧死する者50人。八省院、豊楽院、東寺、西寺、極楽寺、円覚寺等も倒壊。         近江国分寺大門倒壊。内裏修理中の30余人死亡し、読経請僧童子も圧死。(本朝地震記)(日本紀略後 7)   7月13日 地震により改元。大赦行われる。(古事類苑)(本朝地震記)   7月20日 大地震。前後に余震頻発。(日本紀略後 7)   9月23日 大地震。(本朝地震記)  977(貞元 2)年   2月 4日 地震あり。9日にも地震あり。(日本紀略後 7)   2月24日 戌刻、艮巽両方角に彗星見ゆ。(日本紀略 6)   5月23日 半租を命じる。(本朝地震記)   6月18日 大地震。古今未曾有の変異にして余震200余日という。(本朝地震記)  978(天元 1)年  11月20日 地震あり。(日本紀略後 7)  979(天元 2)年   4月21日 備中国より言上あり、去1日、都宇郡撫河郷箕島村に、形も味も飯の如き物が降り、人民これを食す。         (日本紀略 7)  982(天元 5)年   2月27日 雷鳴地震あり。(小右記)   3月 1日 日蝕あり。(小右記)  984(永観 2)年  10月13日 大地震。(小右記)  11月 8日 地震あり。(日本紀略後 7)  11月 8日 多武峰鳴動する。(小右記)  986(寛和 2)年   1月28日 地震あり。(本朝世紀10)   3月27日 地震あり。(日本紀略後 8)   7月 6日 地震あり。(日本紀略後 8)  989(永祚 1)年   6月 1日 彗星、東西天に見ゆ。(日本紀略 9)   7月    中旬、毎夜彗星東西天に見ゆ。(日本紀略 9)     この年、地震により改元か。(古事類苑)   8月13日 京と諸国で海が溢れる。(扶桑略記27)(百錬抄 4)   8月13日 大風。洪水と高潮で畿内の海浜、河辺の人畜田畝に被害。(日本紀略 9)  990(正暦 1)年     この年、火災風災で改元。(古事類苑)  10月25日 地震あり。(日本紀略後 9)  994(正暦 5)年  10月24日 地震あり。(日本紀略後 9)  996(長徳 2)年   4月 2日 地震あり。(日本紀略後10)(外記日記)   5月22日 地震あり。(日本紀略後10)(外記日記)   6月26日 地震あり。(日本紀略後10)(外記日記)  10月 3日 地震あり。(日本紀略後10)(外記日記)  997(長徳 3)年   5月22日 大地震。(日本紀略後10)  998(長徳 4)年  10月 3日 大地震。(日本紀略後10)  999(長保 1)年   3月 7日 富士山噴火の奏あり。(本朝世紀15)   3月 7日 大宰府言上によれば、豊前国で米が降るという。(日本紀略10) 1000(長保 2)年   3月 1日 日蝕により、結政参せず。藤原行成、日蝕の日廃務の例なりと説明す。(権記) 1005(寛弘 2)年   7月17日 地震あり。(小右記) 1006(寛弘 3)年   2月 2日 地震あり。(日本紀略後11) 1007(寛弘 4)年  12月21日 地震あり。(法成寺摂政記)  12月22日 地震勘文を奏す。(法成寺摂政記) 1010(寛弘 7)年   8月16日 地震あり。(日本紀略後11)   9月21日 地震あり。(日本紀略後11) 1011(寛弘 8)年   4月 8日 地震あり。(権記) 1012(長和 1)年   8月27日 地震あり。(日本紀略後12) 1013(長和 2)年   4月 8日 地震あり。(法成寺摂政記)(小右記)(日本紀略後12)   7月24日 地震あり。(法成寺摂政記)(小右記)(日本紀略後12)   8月 9日 地震あり。12日にも地震あり。(法成寺摂政記)(小右記)(日本紀略後12)   9月25日 地震あり。(法成寺摂政記)(小右記)(日本紀略後12) 1014(長和 3)年   1月27日 戌刻彗星見ゆ。巻舌南に長さ2尺。(小右記)   2月 9日 頭弁資平、天文勘文を写し、焼亡や大地震があるのは旧を除き新を布くための注であると喚起するため上奏す。         (小右記)   4月11日 地震あり。(日本紀略後12) 1015(長和 4)年   4月20日 地震あり。(日本紀略後12)   5月28日 地震あり。(小右記)  11月 6日 大地震。(日本紀略後12) 1016(長和 5)年   3月29日 地震あり。(日本紀略後12) 1017(寛仁 1)年   8月18日 地震あり。(日本紀略後13)   8月    丹波で蝗害。諸社に奉幣する。(小右記)(百錬抄 4)(左経記) 1018(寛仁 2)年   6月18日 戌亥角に彗星出現。七星の上第四星の下二當二座に長さ1丈ばかり。         先例に云う勘文を参じた後に滅すと。よって勘文を奉り、数日後に滅す。(左経記)   8月    丹波で蝗害。(小右記)   9月25日 地震あり。(日本紀略後13)  10月13日 地震あり。(日本紀略後13) 1021(治安 1)年   7月 1日 日蝕符合し、加茂守道に給録す。(日本紀略13) 1022(治安 2)年  10月23日 地震あり。(小右記) 1023(治安 3)年   7月 4日 翌日にかけて地震あり。(日本紀略後13)(小右記) 1024(万寿 1)年   3月17日 地震あり。(日本紀略後13)(扶桑略記28)   3月18日 地震あり。(扶桑略記28)   5月17日 地震あり。(小右記) 1025(万寿 2)年  12月 5日 地震あり。(日本紀略後13) 1026(万寿 3)年   5月23日 亥下刻石見沖の鴨島が海嘯で海没する。(日本被害地震総覧) 1027(万寿 4)年   3月 2日 大地震。(日本紀略後13) 1028(長元 1)年   3月 1日 日蝕あり。暦家これを注せず、中務省これを申さず、廃務無し。(日本紀略14)(左経記) 1032(長元 5)年   3月 5日頃年初にあった地震のための大赦を行い、調庸を免じ、老人僧尼に穀を給す。(日本紀略後14)  12月16日 富士山噴火する。嶺より山脚まで延焼。(日本紀略後14) 1034(長元 7)年   8月13日 彗星東方に見ゆ。16日、密奏を奉りて或人云うには、この星は大風の起こる前兆であると。         古伝に云う大風もしくは地震の前に現れると。旧を改める徴であると。         また多く改元のことを云う。(左経記) 1035(長元 8)年  12月14日 地震あり。(日本紀略後14) 1036(長元 9)年   9月27日 その年発生した京での地震のために、この日まで天災地変祭を八省院で行い、この日から三日間地動際を行う。         (範国記) 1037(長暦 1)年   9月 3日 衆星乱れ墜ちる。四方に飛散し、驚かない者はいないという。(百錬抄 4)  12月    諸国で地震。高野山で被害。(高野春秋) 1040(長久 1)年   6月27日 大地震。   9月 8日 大地震。  10月29日 京で大地震がある。 1041(長久 2)年   3月 1日 翌日にかけて地震あり。(和漢合運)   7月20日 地震あり。(扶桑略記28)   7月20日 地震あり、洛東岡崎法勝寺八角九重塔倒壊する。(本朝地震記) 1042(長久 3)年  12月22日 武蔵で大地震。仏閣堂宇倒壊。(豊島郡浅草地名考)(浅草寺縁起) 1050(永承 5)年  10月 7日 地震あり。(扶桑略記29) 1055(天喜 3)年   6月 7日 地震あり。(皇年代略記) 1056(天喜 4)年   8月 4日 彗星東方に見ゆ。(百錬抄 4)   8月17日 主計頭兼備中介中原朝臣、天文勘文を奏す。(諸道勘文)   8月26日 陰陽頭安部章親、天文勘文を奏す。(諸道勘文) 1057(天喜 5)年   8月 4日 寅刻、彗星東方に見ゆ。長さ丈余。(扶桑略記29) 1060(康平 3)年   6月18日 地震あり。(扶桑略記29) 1061(康平 4)年   5月 6日 群鳥警鳴が翌日まで続く。(扶桑略記29)   5月 8日 地震があり、恩赦が行われる。(扶桑略記29) 1063(康平 6)年   2月28日 地震あり。同月晦日にも地震あり。(扶桑略記29)   3月11日 地震あり。(扶桑略記29) 1065(治暦 1)年   3月24日 大地震。(扶桑略記29)   5月 7日 大地震。(扶桑略記29) 1066(治暦 2)年   3月 6日 暁、彗星東方に現る。(扶桑略記29)   4月 1日 酉刻、彗星西方に見ゆ。司天奏す、災いの徴である慎むべしと。(扶桑略記29)   4月 8日 地震あり。(扶桑略記29) 1068(治暦 4)年   1月 1日 日蝕あり。翌2日地震、3日大風。(大神宮諸雑事記 2) 1070(延久 2)年  10月20日 23日にかけて山城・大和で地震が連続する。堂舎の多くが倒壊。(扶桑略記29)(百錬抄 5)(年代記残編)  11月21日 地震あり。(扶桑略記29) 1074(承保 1)年   1月22日 地震あり。(扶桑略記30)   2月12日 地震あり。(扶桑略記30) 1076(承保 3)年   1月 9日 地震あり。(扶桑略記30)   2月20日 富士山噴火。(扶桑略記30) 1077(承暦 1)年  11月27日 地震あり。(小右記) 1080(承暦 4)年   6月18日 大雨。19日に洪水。(扶桑略記30)   7月 5日 地震あり。(帥記) 1083(永保 3)年   2月28日 富士山噴火。(扶桑略記30) 1085(応徳 2)年         三宅島噴火。(震災予防調査会報告86) 1088(寛治 2)年   7月24日 この日以降40日間地震が続く。餓死者多数。(立川寺年代記) 1089(寛治 3)年   1月24日 地震あり。(中右記) 1090(寛治 4)年   6月21日 地震あり。(中右記) 1091(寛治 5)年   1月 6日 地震あり。(中右記)   3月 5日 地震あり。(中右記)   8月 7日 大地震。寺社多数倒壊する。(中右記) 1092(寛治 6)年   3月13日 地震あり。(中右記)   6月 8日 地震あり。(中右記)   8月 3日 大風。諸国に洪水・高潮の被害。伊勢神宮宝殿、四面廊など倒壊。(扶桑略記30)  11月10日 京で大地震。越後に大津波が押し寄せ、角田浜飛山砂山古潟が海没する。(越後土産) 1093(寛治 7)年   2月14日 未刻に大地震あり。(扶桑略記30)(百錬抄 5)(中右記)(後二条師通記)   3月26日 地震あり。(扶桑略記30)(百錬抄 5)(中右記)(後二条師通記)   5月 2日 地震あり。14日、春日山震動する。(扶桑略記30)(百錬抄 5)(中右記)(後二条師通記)   8月18日 大雨、洪水。(扶桑略記30)  10月 4日 地震あり。(扶桑略記30)(百錬抄 5)(中右記)(後二条師通記)  11月 4日 地震あり。(扶桑略記30)(百錬抄 5)(中右記)(後二条師通記)  11月20日 地震あり。(扶桑略記30)(百錬抄 5)(中右記)(後二条師通記) 1094(嘉保 1)年   6月 5日 地震あり。(中右記)   8月 5日 地震あり。(中右記)  10月27日 地震あり。(中右記) 1095(嘉保 2)年   8月10日 地震あり。(中右記) 1096(永長 1)年   2月13日 地震あり。(後二条師通記)(中右記)  10月20日 地震あり。(後二条師通記)(中右記)  11月24日 辰刻大地震あり。一時続く。大殿関白以下大内に参ず。         28日、両殿下に於いて諸卿を集め、改元の是非を問う会議が行われる。         大極殿に被害。東大寺の鐘が落下。薬師寺回廊、河内小松寺毘沙門堂が倒壊。勢多橋が落下。東寺塔九輪が落下。         駿河、伊勢阿刀津などで津波。小地震相次ぐ。(後二条師通記)(中右記)(康富記12)  12月 7日 地震あり。(後二条師通記)(中右記)  12月15日 先月の大地震の祈祷を行う。東大寺の僧千人大極殿にて読経。         仁王会を延暦寺で行い、大般若経、六観音法を行う。(後二条師通記)(中右記)(康富記12)  12月25日 地震あり。(後二条師通記)(中右記)(康富記12)  12月27日 左大臣以下参り、地震により改元を申し上げる。強盗等を除く八虐の罪を赦免。         (後二条師通記)(中右記)(康富記12)  12月29日 地震あり。(後二条師通記)(中右記) 1097(承徳 1)年   1月 1日 地震。12日にも地震あり。(中右記)  閏1月 1日 地震あり。(中右記)   4月 9日 地震。14日にも地震あり。(中右記)   7月 6日 地震あり。(中右記)   8月 6日 地震あり。(中右記)   9月 1日 彗星西に見ゆ。(百錬抄 5)     この年、地震多く、改元。(古事類苑) 1098(承徳 2)年   1月13日 地震あり。(中右記)   4月 4日 地震あり。(中右記) 1099(康和 1)年   1月24日 地震あり。興福寺西金堂・塔が破損。大門と回廊が倒壊する。摂津天王寺回廊倒壊。土佐田千余町が海没。         (後二条師通記)         地震により、木曽川下流鹿取・野代が空変海塵と化す。数十年後陸地となる。(近衛家文書)   3月22日 地震あり。(後二条師通記)   8月27日 地震あり。河内小松寺の講堂倒壊。(日本被害地震総覧)   9月21日 地震あり。(本朝世紀22)  閏9月12日 地震。18日にも地震あり。(本朝世紀22)  10月26日 地震あり。(本朝世紀22)  12月16日 地震あり。(本朝世紀22)  12月19日 大地震。 (本朝世紀22)     この年、地震により改元。(古事類苑) 1100(康和 2)年  10月20日 地震あり。(中右記目録) 1101(康和 3)年   2月 2日 地震あり、7日にも地震あり。(中右記目録) 1103(康和 5)年   4月22日 京で強震。(百錬抄 5)(殿暦)(少外記重憲記)   4月24日 地震あり。(中右記)   5月 1日 地震あり。(中右記)   7月16日 地震あり。(殿暦)(中右記)(本朝世紀23)(少外記重憲記)  10月26日 地震あり。(殿暦)(中右記)(本朝世紀23)(少外記重憲記)  11月26日 地震あり。(殿暦)(中右記)(本朝世紀23)(少外記重憲記)  12月20日 地震あり。(殿暦)(中右記)(本朝世紀23)(少外記重憲記) 1104(長治 1)年   4月13日 翌日にかけて地震。(中右記)   6月 2日 北方で紅雪が降る(翌年か?)。(本朝年代記) 1105(長治 2)年   2月19日 地震あり。(中右記)(殿暦)   3月 2日 地震あり。(中右記)(殿暦)   4月 1日 地震あり。(中右記)(殿暦)   6月 2日 北方で紅雪が降る。(和漢合運指掌図) 1106(嘉承 1)年   1月 4日 酉刻彗星子坤方に現れる。震方を指し、天倉星と天苑星の間を觸す。         長さ10丈、色白く15日まで見える。(諸道勘文45)(百錬抄 5)   1月12日 地震あり。(中右記)   1月17日 彗星変により大外記主計権助中原師建勘文を奏す。(諸道勘文45) 1107(嘉承 2)年   2月11日 地震あり。(中右記)   4月 7日 地震あり。10日にも地震あり。(中右記) 1108(天仁 1)年   7月21日 9月にかけて浅間山噴火。火砕流と溶岩流が田圃を埋める。(中右記)(立川寺年代記) 1109(天仁 2)年   7月23日 京で地震。(殿暦) 1110(天永 1)年   5月13日 彗星東方に現れる。長さ5尺。(百錬抄 5) 1111(天永 2)年   3月27日 翌日にかけて地震。(中右記) 1112(天永 3)年   5月11日 地震あり。(中右記)   7月22日 地震あり。(中右記)   9月 2日 地震あり。(中右記)  10月    伊豆大島噴火。鳴動雷の如く、京まで聞こえる。(中右記)(震災予防調査会報告86)     この年、霧島山噴火。神社焼失。(日本火山総覧) 1113(永久 1)年   6月13日 地震あり。(中右記) 1114(永久 2)年   6月 7日 京で地震。(中右記)   6月19日 地震あり。(中右記) 1117(永久 5)年  10月14日 京で地震。(中右記) 1118(元永 1)年   3月 9日 地震あり。(中右記) 1123(保安 4)年   8月22日 大風洪水。(神宮雑例集 2) 1124(天治 1)年  閏2月 1日 大地震。余震は8日に至る。(百錬抄 6)   7月    以後彗星が見られる。(帝王編年記20) 1126(大治 1)年   7月 1日 彗星北方に見ゆ。(百錬抄 6) 1127(大治 2)年   1月29日 地震あり。(中右記) 1129(大治 4)年   9月 1日 日蝕符合し、陰陽頭に給録。(長秋記)  11月30日 地震あり。(中右記) 1132(長承 1)年   8月 4日 天文博士兼時彗星見るという。気頗る天に亘る。7、8夜見える。   8月25日 寅刻、彗星北方に見ゆ。長さ3尺、白色、尾は西を指し觜度にあり。近く敷星に入る。         27日寅刻、彗星婁第三星と近し。3丈。光芒盛ん。戌亥を指す。         28日に南行、光芒衰微。1丈。光芒気奎宿に相見える。         29日夜同座にあり南行。下司空星と並ぶ。芒角減少し2、3尺。以後見えず。(中右記)   9月 8日 地震あり。27日にも地震あり。(中右記)  12月 6日 大雪、地震あり。(中右記) 1133(長承 2)年   8月28日 地震あり。この年、地震多発。 (中右記) 1134(長承 3)年 閏12月 1日 日蝕。山僧12人。御前で薬師経読経。定海法印祈祷。(中右記) 1135(保延 1)年   3月18日 大地震。 (中右記) 1136(保延 2)年   1月28日 地震あり。(中右記) 1137(保延 3)年   7月15日 翌日にかけて大地震。余震は12月まで続く。 (中右記)   9月29日 地震あり。(実能記)     この年、草が降る。(本草綱目啓蒙23※) 1138(保延 4)年   3月19日 穀物が降る。形は胡麻の如し。(百錬抄 6)   7月20日 戌亥方に彗星見ゆ。(百錬抄 6) 1140(保延 6)年   3月13日 朝より夕まで太陽現れず。         雲や霧ではなく、烟に似て、雨のようなもの降る。形は露に似て、また胡麻の如し。(百錬抄 6) 1141(永治 1)年   9月25日 名称不明の物体が京中を飛び交う。形は胡麻の如し。(百錬抄 6) 1142(康治 1)年   3月11日 地震あり。(本朝世紀)   6月 1日 大雨。2日に洪水。   9月 1日 夜大雨。翌朝洪水。大風雨となり、朱雀大路など大河の如くなる。築垣など倒壊。(台記)  10月10日 強震あり。(台記 2) 1143(康治 2)年  10月10日 地震あり。(台記 3)(本朝世紀27)  11月24日 地震あり。(台記 3)(本朝世紀27)     この年、地震多発。(中右記)(台記 2)(一代要記76) 1144(天養 1)年   5月13日 地震あり。(本朝世紀28)(台記 4)   7月 6日 地震あり。11日にもあり。(本朝世紀28)(台記 4)  12月 7日 地震あり。(本朝世紀28)(台記 4) 1145(久安 1)年   4月 5日 彗星東方に出現。数日見ゆ。15日22社に奉幣するが論議する。         陰陽師憲栄、先例に覚えずと述べ、奉幣は延引。         25日、彗星の変により徳政意見を求めるため、公卿8人を召す。内大臣藤原頼長辞して参内せず。         (百錬抄 7)   7月22日 彗星の変により改元。(百錬抄 7)(和漢合運指掌図) 閏10月 3日 地震あり。(台記 5) 1146(久安 2)年  12月 1日 彗星坤方に見ゆ。長さ2、3丈。6日に10丈に達する。(百錬抄 7)(台記) 1147(久安 3)年   1月12日 寅刻、彗星東方に見ゆ。長さ1丈。女虚間にあり。22日軽犯者未決57人を赦免。         26日東大寺千僧読経、長星祈祷す。(本朝世紀)   2月10日 彗星の変による赦の詔書を平清盛に下す。(本朝世紀) 1150(久安 6)年  11月14日 地震あり。(台記 9) 1151(仁平 1)年   4月 3日 地震あり。(本朝世紀39)  閏4月22日 地震あり。(本朝世紀39) 1152(仁平 2)年   2月 3日 地震あり。(山槐記)(本朝世紀41) 1153(仁平 3)年   4月15日 地震あり。(兵範記)(台記10)(本朝世紀46)   9月21日 地震あり。(兵範記)(台記10)(本朝世紀46) 閏12月27日 地震あり。(兵範記)(台記10)(本朝世紀46) 1154(久寿 1)年  10月    三宅島噴火。(震災予防調査会報告86) 1155(久寿 2)年   2月13日 地震あり。(山槐記)   8月 5日 巳時と夜に大規模な地震。(台記12) 1156(保元 1)年   7月11日 暁、彗星寅方に出現。長さ6尺、白色。東北へ動く。         15日五諸侯三公星を犯す。長さ3寸ばかり。(一代要記)   7月11日 彗星出現し、将軍塚鳴動す。(保元物語 1) 1157(保元 2)年   3月13日 大地震。(兵範記) 1163(長寛 1)年  11月27日 地震あり。(大日本史) 1164(長寛 2)年   2月27日 地震あり。(百錬抄 7)(一代要記78) 1165(永万 1)年   6月 4日 地震あり。(山槐記)(顕広王記) 1166(仁安 1)年   2月 4日 地震あり。10日も地震あり。(泰親朝臣記)   6月20日 地震あり。(泰親朝臣記)   8月 6日 地震あり。(泰親朝臣記)  11月18日 地震雷鳴、月軒轅夫人星を掩食す。(泰親朝臣記) 1167(仁安 2)年   9月26日 地震あり。(愚昧記)     この年、霧島山噴火。西生寺殿堂焼崩。(震災予防調査会報告86)(日本火山総覧) 1170(嘉応 2)年   1月14日 地震あり。(愚昧記)  閏4月20日 地震あり。(玉葉 5) 1171(承安 1)年  10月    羊病なるもの流行す。(百錬抄 8) 1172(承安 2)年   4月29日 地震あり。(玉葉 9)   5月20日 洪水で六波羅付近の人家流失。(玉海) 1175(安元 1)年   1月 9日 地震あり。(玉葉16、18)   2月22日 地震あり。(玉葉16、18)  12月24日 地震あり。(玉葉16、18) 1176(安元 2)年   4月 8日 大地震。 (玉葉21) 1177(治承 1)年   1月27日 大地震。東大寺の鐘と大仏螺髪が落ちる。(玉葉25)(百錬抄 8)   4月12日 加賀白山噴火する。(本朝年代記 3)  12月24日 彗星出現。(百錬抄 8)(山槐記)(玉海) 1178(治承 2)年   1月 7日 寅刻、彗星巽方に出現。(百錬抄 8)(山槐記)(玉海)   6月12日 大膳権大夫泰親追奏するには、坤方に星墜ちる。其體水精の如し。         その尾2丈ばかり、中絶後7、8尺。光るという。(山槐記) 1179(治承 3)年   5月28日 夜地震。(玉葉30、31)(源平盛衰記)(山槐記)   7月 7日 地震。21日にも地震。(玉葉30、31)(源平盛衰記)(山槐記)  11月 7日 京で大地震。(玉葉30、31)(源平盛衰記)(山槐記) 1180(治承 4)年   8月23日 源頼朝、石橋山での合戦を企図するも、大風雨で三浦水軍が動けず、暴風雨の中敗走。         24、25日に丸子川が洪水となり、和田義盛軍渡河できず。(源平盛衰記21)   9月28日 厳島で大地震。(山槐記)(玉葉35)  11月26日 紀伊熊野地方で地震。三日間続く。(山槐記)(玉葉35)  12月19日 地震。21日にも地震あり。(山槐記)(玉葉35) 1181(養和 1)年   1月 8日 地震あり。(玉葉36)   3月 7日 地震あり。(本朝地震考) 1182(寿永 1)年   2月23日 地震あり。(吉記)   3月19日 地震あり。(吉記) 1183(寿永 2)年  10月14日 大地震。 (玉葉39)(百錬抄 9)  12月17日 霧島山噴火。(震災予防調査会報告86)  12月22日 地震あり。(玉葉39)(百錬抄 9) 1184(元暦 1)年   1月23日 地震あり。(百錬抄10)   4月    大地震。(皇年代略記)  10月15日 鎌倉で地震。(吾妻鏡 3) 1185(文治 1)年   6月20日 子刻激震あり。数度震動。余震続く。(玉葉42)(吾妻鏡 4)(一代要記82)(醍醐寺雑事記)(歴代皇紀 4)   7月 9日 午刻激震あり。         宮中の築垣、大内日花門、閑院西辺廊、法勝寺阿弥陀堂が倒壊し、九重塔が破損、市中の民家の多くが倒壊する。         園庭に幄を設けて御所とする。大般若経転読あり。40余日余震が続き、皆病となる。         皇居以下神社仏閣民家倒壊、音苑雷の如し。塵埃黒煙の如く日影見えず。         山崩れ川埋まり、大地は稲妻の如く裂けて水湧き、盤石谷に転び人民六蓄死亡多数。?学宴を停止する。         愛染王に祈祷し護摩を焚く。山稜使を立て、或いは諸社に奉弊使を遣わし、神仏の加護を祈る。         (百錬抄10)(帝王編年記23)(園太歴15)(本朝地震記)(醍醐寺雑事記)(康富記12)   8月14日 地震により文治に改元。(康富記12)(吾妻鏡 4)(本朝年代記 2) 1186(文治 2)年   1月22日 地震あり。(玉葉44)   7月 9日 大地震(記事の内容は元年と同じなので誤記か)。(歴代編年集成23) 1187(文治 3)年   8月18日 地震あり。(玉葉50)  10月12日 元年7月に匹敵する大地震が起こる。(玉葉51) 1189(文治 5)年   3月14日 大規模な地震、18日にも地震あり。(玉葉55) 1191(建久 2)年   3月 6日 鎌倉で地震。(吾妻鏡11)   9月26日 地震あり。(吾妻鏡11) 目次へ戻る