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天変地異年表 近代以降(A.D.1868〜2000)

 
1872(明治 5)年
 
 2月 6日石見、出雲で大地震。揺れは西日本の広範囲に至る。液状化と小津波あり。三原城で被害。浜田県で倒壊4049軒、死者536人。出雲県で倒壊457軒、死者15人。(日本被害地震総覧)
 
1882(明治15)年
 
 5月29日秋にかけてコレラ流行。全国で死者33784人(東京だけで5076人)。
 7月25日那覇、首里一帯で強い地震。石垣の破損多し。余震42回。8月11日にも大きな余震。(日本被害地震総覧)
 8月 6日草津白根山湯釜が噴火。泥土により弓池が埋没。(日本火山総覧)
 
1883(明治16)年
 
 8月16日渇水により和歌山で分水騒動。他にも各地で発生する。
 
1884(明治17)年
 
 この年、諏訪之瀬島大噴火。溶岩流出する。(日本火山総覧)
 
1885(明治18)年
 
 この年、コレラ、赤痢、腸チフスが流行。
 
1886(明治19)年
 
 6月8月にかけて渇水。水騒擾が各地で起こる。
 この年、天然痘、腸チフスが流行し、死者3万人を越える。
 
1888(明治21)年
 
 7月15日磐梯山が噴火。小磐梯山が爆発完全崩壊し、大規模な岩屑流で麓の秋元、細野、雄子沢の3村は全滅。死者461人。新聞の写真掲載が始まる。桧原湖、秋元湖が生じる。(日本火山総覧)
 
1889(明治22)年
 
 7月28日熊本市を中心に大地震。倒壊家屋239軒、半壊236軒。死者20人、負傷者54人。
 8月 3日熊本で大余震。この地震で遠地地震観測が始まる。(震災予防調査会報告92)(日本被害地震総覧)
 
1890(明治23)年
 
 2月インフルエンザが流行する。
 6月コレラが流行。年末までに死者35227人。
 
1891(明治24)年
 
10月28日早朝濃尾地方で大地震。仙台から九州までの広範囲で揺れを観測。震度6。岐 阜、大垣、名古屋などで被害甚大。死者7273人、負傷者17175人、家屋全壊142177戸、半壊80324戸。橋10392、堤防7177ヶ所が破 損、10224ヶ所で山崩れ。3日間で烈震4回、強震40回を観測する。9月7日、翌年1月3日、同10日に余震で被害。(日本被害地震総覧)
 
1892(明治25)年
 
 この年、震災予防調査会が発足。
 この年、天然痘流行。死者33779人。
 
1893(明治26)年
 
 5月19日吾妻山燕沢で爆発。噴石降灰あり。調査員2名が死亡。(日本火山総覧)
 この年、天然痘、赤痢が流行。天然痘死者11852人、赤痢死者41283人。
 
1894(明治27)年
 
 6月20日東京、神奈川で大きな地震。東京府内で死者24人、全壊22軒。神奈川で死者7人、全半壊40軒。鹿鳴館にも被害。詳細な調査が行われた初の地震。(日本被害地震総覧)
10月22日庄内平野で大地震。全壊3858軒、半壊2397軒、全焼2148軒。死者726人など。土地の隆起沈下、山崩れなど多数。(日本被害地震総覧)
 
1895(明治28)年
 
 2月15日蔵王山爆発。御釜が沸騰し川魚多数死す。有毒ガス発生。3月22日白石川で洪水。(日本火山総覧)
 3月 4日流星多数出現。愛媛県に隕石が落下。
 
1896(明治29)年
 
 6月15日三陸地方に弱い地震。およそ40分後に大津波が襲来。9879軒が流出、倒壊1844軒。船6930艘に被害。死者26360人、負傷者4398人。村落集団移転を行った集落は1933年の津波で被害は軽微だったが、移転しなかった集落は再度甚大な被害を受ける。
 8月31日秋田、岩手県境山間部で大地震。揺れは広範囲で観測するが、強い揺れは山間部の極狭い範囲に集中。死者209人、負傷者779人、全壊5792軒、半壊3045軒、山崩れ9899ヶ所。梅ノ湯温泉などで量と温度に変化。(日本被害地震総覧)
 この年、赤痢、腸チフスが流行。赤痢死者22356人、腸チフス死者9174人。
 
1897(明治30)年
 
 7月 8日草津白根山爆発。硫黄採掘所全壊。31日にも爆発し、噴石と泥土が発生。(日本火山総覧)
 
1899(明治32)年
 
 3月 7日紀伊半島南東内陸で地震。死者7人。山崩れ多数。太平洋郵船のタコマ号が海震を観測。(日本被害地震総覧)
 
1900(明治33)年
 
 7月17日安達太良山噴火、噴石。硫黄採掘所が全壊し、死者72人、負傷者10人。(日本火山総覧)
 
1901(明治34)年
 
 8月 9日青森東方沖で地震。死傷者18人。家屋破損多数、小坂鉱山の大煙突が倒壊する。
 
1902(明治35)年
 
 8月 7日頃伊豆鳥島の数カ所で大爆発があり、島民125人全員が死亡する。
10月 6日横浜でペスト患者が発生したため、交通閉鎖、家屋取り壊し、ネズミ買い上げを行う。
 
1903(明治36)年
 
 3月 硫黄鳥島噴火。全島民が久米島に避難。(日本火山総覧)
 
1904(明治37)年
 
11月14日漁民が福徳岡ノ場と呼ぶ海域で海底爆発。12月5日新島が生成。(日本火山総覧)
 
1905(明治38)年
 
 6月 2日芸予地震。1903年以降地震が頻発。死者11人、負傷者177人。鉄道などに被害。埋め立て地で被害。(日本被害地震総覧)
 
1907(明治40)年
 
 8月24日関東で大暴風雨。流出家屋187000余戸、死者460人。
 
1909(明治42)年
 
 8月14日江濃地震。死者41人、負傷者784人、全壊978軒、半壊2444軒。(日本被害地震総覧)
 
1910(明治43)年
 
 5月19日ハレー彗星最接近。噂が先行しパニックとなる。
 7月25日有珠山噴火。45個ほどの爆裂火口が生じ泥流が発生。明治新山を生じる。死者1人。噴火前に地震。(日本火山総覧)
 
1911(明治44)年
 
 6月15日喜界島付近で地震。死者7人、負傷者26人、全壊418軒、半壊565軒。石垣の崩壊多数。西日本全域でかなり強い有感を感じる。(日本被害地震総覧)
 
1914(大正 3)年
 
 1月12日桜島大爆発。地震も伴う。溶岩が大量に流出し、3集落を呑み込み、大隅半島に達し陸続きとなる。噴火と地震で死者35人、行方不明23人、負傷者112人。全壊120軒、半壊195軒、焼失2148軒。小津波あり。灰は仙台に至る。(日本火山総覧)
 3月15日秋田で大地震。被害は仙北郡に集中し、死者94人、負傷者324人。全壊640軒、半壊575軒。(日本被害地震総覧)
 この年、福徳岡ノ場の岩礁が噴火、溶岩を流出し島となる。後消滅。(日本火山総覧)
 
1915(大正 4)年
 
 6月 6日焼岳噴火。長さ1kmの亀裂が生じ、数十個の火口が形成。泥流で梓川がせき止められ、洪水。大正池を生成する。(日本火山総覧)
 
1917(大正 6)年
 
 9月30日大暴風雨が関東を襲い、死者行方不明1300人。
 
1918(大正 7)年
 
 この年、インフルエンザ「スペイン風邪」が全世界で流行。終結までに2500万人が死亡。
 
1919(大正 8)年
 
 スペイン風邪流行続く。同年、死者15万人を突破。最終的に国内の総死者は38万人。
 
1923(大正12)年
 
 9月 1日関東・東海・甲信地方に大地震発生。M7.9。揺れは本州のほぼ全域と四国で 観測。被害は東京と横浜で特に甚大。浅草凌雲閣12階は8階から折れて崩壊。300人以上が下敷きに。東京では下町を中心に大火災。本所被服廠跡では、避 難民のほとんどである44030人が焼死。根府川で山津波により流域170軒が埋没、停車中の列車を呑み込む。死者99331人、行方不明43476人、 負傷者103733人。家屋全壊128266、半壊126233、焼失家屋447128、流出家屋868。1日に余震114回。流言飛語により朝鮮人、中 国人、一部日本人に犠牲者。(日本被害地震総覧)
 
1925(大正14)年
 
 5月23日北但馬地震。豊岡、城崎を中心に大被害。全壊1733軒、半壊815軒、焼失2328軒。死者465人、負傷1016人。葛野川河口付近で10haが陥没して海となる。
 
1926(大正15・昭和 元)年
 
 5月24日十勝岳噴火。水蒸気爆発により、泥流が発生し、北西の畠山温泉に達する。その後、山の半分が爆発して崩壊。火砕流が北西の硫黄鉱山事務所を瞬時に呑み込み、更に泥流となって上富良野と美瑛の2村に達する。114人が死亡し21人が行方不明。(日本火山総覧)
 
1927(昭和 2)年
 
 3月 7日北丹後地震。西日本全体で揺れ。死者2925人、負傷者7806人。全壊約5000、半壊約4700、焼失約7400。地震研究所が初めて調査を行う。(日本被害地震総覧)
10月27日新潟県関原地域の極狭域で地震。宮本村で田の中から石油ガス噴出孔が生じ、青砂と石油が出る。(日本被害地震総覧)
 
1929(昭和 4)年
 
 6月17日19日にかけて北海道駒ヶ岳大噴火。火砕流と火山ガスが発生。焼失、全半壊、埋没など1915余。死者2人、負傷4人、牛馬136頭死亡。(日本火山総覧)
 
1930(昭和 5)年
 
11月26日北伊豆地震。死者272人、負傷者572人。全壊2165軒、半壊5516軒。発光、怪音現象あり。(日本被害地震総覧)
 
1931(昭和 6)年
 
 9月21日埼玉県西部で地震。死者16人、負傷者146人。全壊76、半壊124。青や黒い色をした土砂が地面から噴出したという。(日本被害地震総覧)
 
1932(昭和 7)年
 
 7月21日秋田駒ヶ岳噴火。泥流とガスが発生。(日本火山総覧)
 
1933(昭和 8)年
 
 3月 3日三陸地方でやや強い地震、大津波が襲い、死者1522人、負傷1092人、行 方不明1542人。船舶7000隻以上が被害。波高最大23m。海震の観測多数。津波はカリフォルニアやチリにも到達。発光、怪音、潮位・井水の変化など が前兆現象として観測される。(日本被害地震総覧)
12月24日翌年1月11日にかけて口永良部島で噴火多発。七釜集落全焼し死者8人、負傷者26人。(日本火山総覧)
 
1934(昭和 9)年
 
 9月21日室戸台風上陸。最大風速60mに達する。四天王寺の塔が倒壊したほか、校舎の倒壊、列車の転覆などが相次ぐ。小学生676人の死者を含め死傷者3246人、家屋全半壊88046戸。
 
1935(昭和10)年
 
 7月11日静岡地震。静岡、清水などに被害集中。死傷者9299人。全壊367、半壊1830。(日本被害地震総覧)
 
1939(昭和14)年
 
 5月 1日男鹿地震。男鹿半島に被害が集中し、死者27人、負傷者52人。全壊479、半壊858。(日本被害地震総覧)
 5月 6日長雨により、渡良瀬川で洪水。鉱毒が流域に拡大する。
 
1940(昭和15)年
 
 7月12日夜、三宅島が噴火する。死者11人、負傷20人。全壊焼失24戸。(日本火山総覧)
 
1943(昭和18)年
 
 9月10日鳥取地震。揺れは西日本の全域で観測されるが、被害のほとんどは鳥取市内に集中。死者1083人、負傷者3259人。全壊7485、半壊6158。(日本被害地震総覧)
 
1944(昭和19)年
 
11月20日栗駒山噴火。泥土が噴出、磐井川が濁り魚が多く死ぬ。昭和湖が出来る。(日本火山総覧)
12月 7日東海地方で大地震と津波。被害は戦時中のため若干記録に違いがあるが、死者998人、負傷3059人、不明253人といわれる。全壊26130、半壊46950、流出3059。津波はカリフォルニアに達する。(日本被害地震総覧)
 
1945(昭和20)年
 
 1月13日三河地震。揺れは本州、四国の広範囲で観測されるが、被害は渥美半島付近に集中。中でも幡豆郡の被害が大半を占め、被害は総合で死者1961人、負傷896人、全壊5539、半壊11706。戦争末期で士気低下につながるとして全く報道されず。(日本被害地震総覧)
 
1946(昭和21)年
 
12月21日南海大地震。西日本の大半で大小の被害が出る。死者1330人、負傷者 3842人、不明113人。全壊9070、半壊19204他。津波が東京から大隅半島に至る太平洋沿岸各地を襲い、流出家屋1451、船舶2349隻が被 害。津波は更にカリフォルニアに至り、また海震が観測される。(日本被害地震総覧)
 
1947(昭和22)年
 
 9月14日キャスリーン台風が関東を襲い、大洪水が発生。死者1077人、行方不明853人。
 
1948(昭和23)年
 
 6月28日福井地震。震度第7階級の設定を決めるに至った大地震。福井平野に被害が集中 した。家屋全壊36184、半壊11816。大火が発生し3851戸が焼失。死者3769人、負傷22203人。地割れが多数発生し、挟まれて死亡した例 もあった。3本の列車が転覆。GHQが公安条例命令を出す。(日本被害地震総覧)
 
1950(昭和25)年
 
 7月16日伊豆大島噴火。溶岩流出。(日本火山総覧)
 9月 3日ジェーン台風上陸。死者・行方不明508人。被害家屋5万6131戸。
 9月14日キジア台風で西日本に被害。死者・行方不明43人。山口県岩国市の錦帯橋が流失。
 9月23日浅間山噴火。関東各地に降灰。
 
1951(昭和26)年
 
 4月16日伊豆大島噴火。溶岩湖が出現。(日本火山総覧)
10月14日ルース台風が上陸。死者行方不明1200人。
 この年、赤痢流行で死者14000人。
 
1952(昭和27)年
 
 3月 4日十勝沖地震。震害は北海道に集中したが、津波は太平洋沿岸の広範囲に達する。 死者28人、負傷者287〜621人、不明者5人。全壊815〜1614、半壊1324〜5449戸。(被害数値は国警と北海道旬刊弘報の両方による)新 冠の泥火山8つの内1つも活動。前日が三陸津波記念日で、津波避難訓練をしていたため、津波による被害は小さかった。(日本被害地震総覧)
 9月17日ベヨネーズ列岩付近の海底が大爆発。発見した漁船にちなみ明神礁と名付けられる。
 9月24日明神礁調査に出ていた海上保安庁の調査船第五海洋丸が海底噴火で遭難、31名が殉職する。(日本火山総覧)
 
1953(昭和28)年
 
 4月27日阿蘇山噴火。死者6人、負傷90余人。(日本火山総覧)
 
1954(昭和29)年
 
 9月26日台風通過の中、青函連絡船洞爺丸が転覆。1155人が死亡。
 
1957(昭和32)年
 
 夏、流感が流行し、学童505000人が感染し、1200校が休校。
 
1958(昭和33)年
 
 6月24日夜、阿蘇山噴火。死者12人、負傷28人。(日本火山総覧)
 
1959(昭和34)年
 
 6月 8日硫黄鳥島噴火。泥流、硫黄が流出。島民86人は島外へ移住する。(日本火山総覧)
 9月26日台風15号が上陸。伊勢湾で高潮が発生し、死者行方不明5101人、家屋倒壊流出50万戸に達する。
 
1960(昭和35)年
 
 5月23日チリ地震津波。全国で津波の被害あり。死者122人、負傷872人、不明20 人。全壊1571、半壊2183、流出1259。他に沖縄で死者3人、負傷者2人。全壊28、半壊109。全国で船舶3000隻以上が被害。太平洋広域津 波警報システムが作られる。(日本被害地震総覧)
 
1961(昭和36)年
 
 9月16日台風18号が上陸。死者202人、家屋被害98万戸。
 
1962(昭和37)年
 
 6月29日十勝岳噴火。硫黄鉱山事務所が破壊され、死者5人、負傷者11人。噴石と降灰。(日本火山総覧)
 この年、流感が大流行。死者5868人、患者数47万人。
 
1964(昭和39)年
 
 6月16日新潟で大地震。液状化と津波で、鉄筋アパートやコンクリート橋が倒壊、石油タンクが爆発炎上する。死者26人、負傷447人、家屋全壊1960、全焼290、半壊6640、浸水15000戸。(日本被害地震総覧)
 
1965(昭和40)年
 
 8月 3日70年まで松代群発地震。有感総数62821、全地震数711341回。発光現象あり。(日本被害地震総覧)
 
1967(昭和42)年
 
11月25日頃硫黄鳥島で噴火。硫黄採掘関係者が撤退し、以後無人島となる。(日本火山総覧)
 
1968(昭和43)年
 2月21日えびの地震。九州で揺れを観測。25日までに震度5の地震が4回。被害は宮崎県えびの京町付近10kmに集中。死者3人、負傷42人。全壊368、半壊636。(日本被害地震総覧)
 5月16日十勝沖地震。北海道南部から東北地方北部で大地震。大雨の後に発生したため地滑り崖崩れが発生。死者行方不明52人、負傷330人。全壊673、半壊3004。津波あり。(日本被害地震総覧)
1970(昭和45)年
 
 9月18日秋田駒ヶ岳噴火。溶岩が流出。(日本火山総覧)
 
1971(昭和46)年
 
12月27日草津白根山で温泉造成のボーリング孔からガスが漏れ6人が死亡。(日本火山総覧)
 
1974(昭和49)年
 
 5月 9日伊豆半島で地震。地滑りなどで死者30人、負傷102人。全壊134、半壊240。潜水艦が海中で震動を観測。(日本被害地震総覧)
 7月28日新潟焼山で水蒸気爆発。降灰65万t。泥流と噴石あり。死者3人。(日本火山総覧)
 
1977(昭和52)年
 
 8月 7日有珠山が爆発。噴石降灰大量。(日本火山総覧)
12月 7日吾妻山小噴火。酸性の泥水が発生し、塩川の魚が死ぬ。養魚場に被害。(日本火山総覧)
 
1978(昭和53)年
 
 1月14日伊豆半島、大島などで地震。小津波あり。前震が相次いだ為、気象庁は本震の前に予報を出す。死者25人、負傷211人。全壊96、半壊616。鉱滓貯蔵所が決壊し、液状化したシアン化ナトリウムが持越川、狩野川に流出する。(日本被害地震総覧)
 6月12日宮城県で地震。死者28人(内18人がブロック塀、石壁などの倒壊圧死者)。全壊1183、半壊5574戸。小津波あり。(日本被害地震総覧)
 
1979(昭和54)年
 
 9月 6日阿蘇山が爆発。死者3人、負傷11人。火口東駅舎などが被害。中九州一帯に降灰。(日本火山総覧)
1982(昭和57)年
 3月 2日北海道日高地方で地震。重軽傷者147人。(日本被害地震総覧)
1983(昭和58)年
 5月26日日本海中部地震。液状化、大津波が発生。死者104人(内津波で100人)、負傷163人。全壊934、半壊2115、流出52。沈没255隻、流出451隻。津波警報発令が遅れたことが問題となる。(日本被害地震総覧)
10月 3日夜、三宅島噴火。溶岩が流出し、阿古地区が埋没。400棟が焼失する。死傷者無し。(日本火山総覧)
 
1984(昭和59)年
 
 9月14日長野県西部地震。御岳山頂付近が崩壊し、大土石流となって王滝村に至る。死者11人、行方不明18人、負傷10人。(日本被害地震総覧)
 
1985(昭和60)年
 
 7月26日長野市内地附山が大規模に地滑りを起こし、住宅街や老人ホームを押しつぶして26人が死亡。
 
1986(昭和61)年
 
 4月11日ハレー彗星接近。各国が探査衛星を打ち上げる。
11月15日三原山噴火。溶岩が流出、溶岩湖が出現する。
11月21日三原山で割れ目噴火が発生し、溶岩が流出し、保安要員を除いて島民1万人全員が島外へ脱出。(日本火山総覧)
 
1987(昭和62)年
 
 3月 8日日向灘地震。死者1、負傷6、354戸損傷。(日本被害地震総覧)
12月17日千葉東方沖地震。死者5、負傷123、全壊10戸、半壊93戸、破損63692戸。(日本被害地震総覧)
 
1989(昭和64・平成 元)年
 
 7月 9日伊豆東方沖で地震。負傷22、92戸が破損。
 7月13日伊豆半島沖で海丘が爆発噴火する。(日本被害地震総覧)
 
1990(平成 2)年
 
11月17日雲仙岳が小規模の噴火を開始。徐々に規模が大きくなる。
 
1991(平成 3)年
 
 6月 3日雲仙普賢岳火口の溶岩円頂丘が崩壊、火砕流となり北上木場地区に達する。住民、消防団員、マスコミ関係者、火山学者など43人が死亡、9人が負傷、179棟が焼失。
 6月 8日雲仙普賢岳で火砕流。207棟が焼失。
 6月23日雲仙普賢岳で火砕流。千本木地区に達し、住民1人が死亡する。
 9月15日雲仙普賢岳で火砕流。218棟が焼失。
 
1993(平成 5)年
 
 1月15日釧路沖地震。死者1、負傷932、3518戸破損。(日本被害地震総覧)
 7月12日夜、北海道南西沖地震。M7.8。山崩れ、液状化の他、大津波と火災で奥尻島を中心に大被害。死者202、不明29、負傷323。7690戸以上破損、1514隻以上被害。ほかロシアなどでも死傷者。(日本被害地震総覧)
 この年、夏冷害。東北地方を中心に全国的に米が実らず、外国から輸入することに。
 この年、雲仙噴火による島原の避難人口約3600人。(日本火山総覧)
 
1994(平成 6)年
 
 7月 10月にかけて雨が降らず渇水。
10月 4日夜、北海道東方沖地震。M8.1。負傷436。北方4島の大津波。(日本被害地震総覧)
12月28日夜、三陸はるか沖地震。M7.2。死者2、負傷29、78戸被害。(日本被害地震総覧)
 
1995(平成 7)年
 
 1月17日早朝神戸を中心とした近畿地方で大地震。震度は最大7。建物倒壊と火災で、当 時の公式報告では死者6308人、負傷41527人、不明2人。34万人が避難。全壊100282、半壊108402。鉄道、高架道の倒壊多数。交通と流 通及び各ライフライン網が各所で寸断。液状化で港湾施設が壊滅するなど間接的な経済損害は全国規模に。火災は数日続く。ビルの中間階圧潰が多数。数日間、 余震あり。耐震問題、避難救助問題の検討が全国的に盛んになる。地震直前怪光が多く目撃される。動物の異常行動、発光などの現象の研究も本格化。ボラン ティア活動が大きく取り上げられるきっかけとなった。
 
1997(平成 9)年
 
 この年夏頃から翌年にかけて大規模なエルニーニョ現象が発生し、異常気象。
 
1998(平成10)年
 
 1月 8日全国で暴風雨雪。関東地方で大雪により交通機関マヒ。
 1月15日関東地方でかなりの大雪。
 8月27日早朝、福島県南部と栃木県北部の山間部に集中豪雨。土砂崩れなど相次ぐ。
 8月28日全国で大雨。前日に続き、茨城県などで河川が氾濫。2日間だけで死者13人、行方不明3人、家屋全半壊48、家屋23棟と19橋が流失。堤防31ヶ所が決壊する。大雨は30日まで続く。
 8月 国内で異常な長期間の梅雨となる。
 9月24日高知県南部で集中豪雨。高知市全域が浸水。
 9月 この年、ほとんど台風が発生せず。
11月18日獅子座流星群が出現するとして、天文観測ブームになるが、予測が半日ずれて日本ではほとんど見られず。
 
1999(平成11)年
 
 6月29日福岡市で集中豪雨。博多駅周辺が浸水し、地下街やビルの地下室が水没。1名が死亡。30日まで連日大雨が続き、5県で死者12人、十数人が行方不明。広島などで土砂崩れが相次ぐ。
 7月21日東京都心で集中豪雨。新宿区の住宅街で地下室水害により1名が死亡する。福岡の事件と合わせて、地下での水害が問題になる。
 8月14日関東地方で集中豪雨。神奈川県山北町で中洲にキャンプしていた18人が流され、14人が死亡。各地のキャンプ場で100人以上が孤立状態に。
 8月17日トルコ西部で大地震。日本からも救援隊が向かう。死者15000人以上。11月12日にも大きな地震。
 9月21日台湾中央で大地震。死者・行方不明4800人。日本人にも被害。日本から過去最大の救助隊が派遣される。民間レベルでも様々な支援が行われる。10月22日にも大きな地震。
 9月25日台風18号通過。熊本県不知火町で高潮が沿岸を襲い、集落が水没するなどして、全国で死者24人。愛知県では大規模な竜巻が学校を直撃し負傷者200人以上。西日本で高潮の被害が続出。
11月 再度、獅子座流星群の出現の予測が立てられるが、天候悪化により全く見られず。
 
2000(平成12)年
 
 1月17日阪神大震災で設置された仮設住宅をすべて解体することを決定。
 2月29日この日は、4年、100年、400年のうるうが3つ重なる400年に一度の珍しい日。ATMや気象予報システムなどのコンピュータがプログラム上日付を想定しておらず停止する。
 3月29日気象庁、有珠山噴火の危険性が高まったことを発表。
 3月31日有珠山が噴火する。予報が出されていたため、住民は既に避難済みで人災は無し。
 6月26日気象庁、三宅島噴火の可能性を発表。
 6月27日三宅島沖で小規模の火山活動。
 6月29日三宅島の火山活動は収まるが、すぐ北の新島・神津島付近で群発地震が始まる。
 7月 1日神津島で震度6弱の地震。以後も震度3、4の地震が頻発。
 7月 8日三宅島で小規模の噴火。
 8月28日三宅島の噴火に伴い、東京都、神奈川県で硫黄臭が漂う。
 8月29日三宅島で規模の大きな噴火。
 9月 5日火山性ガスが噴出しているため、三宅島から対策関係者をのぞき住民が避難。
 9月11日全国で大雨。東海地方で河川が氾濫し6万軒以上が浸水。交通が麻痺。走行中の多数の新幹線が立ち往生し数万人が閉じこめられる。
10月 6日鳥取県西部地震。最大で震度6。死者はなかったものの、建造物に被害多数。
11月 3日国際天文学連合が、2030年9月21日に直径30〜70m程の小惑星が地球に激突する可能性があると発表。
11月 5日国際天文学連合は、先の小惑星激突の発表を訂正。観測を続けた結果により激突の可能性はないと。
11月15日伊豆諸島噴火・地震災害復興支援の寄付金付き切手が発売される。

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